第3章 【ルリ】君にありったけの幸福を
病気持ちの桜子には、コクヨウから面会謝絶の命令が出されていた。ルリの病気の元が彼なのではないか、という話は村中の住民が知るところである。コクヨウかて彼を差別したりする意図はない。巫女という重要な役割をルリが担う以上、少しでも延命の可能性を残す為に必要な処置なのだ。桜子はそれを知った上でクロムを通じて都度都度見舞いの花束を送ってくる。要らないと返す事は、ルリには出来なかった。何故だかはハッキリとは分からない。ただ、こじつけでも理由を見出すならば、この花贈りの習慣すら取り上げてしまえば、桜子の元には何も残らないような気がしていた。巫女として役目があり生き甲斐のあるルリと違い、何もない彼には。
「クロム、桜子に伝言をお願い出来ますか。『お祝いありがとうございます。貴方もどうか、身体を大事に』と」
無茶はしないで、と言いたくなるのを我慢してルリはそう伝えた。伝言におう分かったぜ、とクロムが頷き去るのを、側近二人が見ていた。ルリ様、と控えめながら意見を申し立てるジャスパー。
「既にお分かりかと思いますが、桜子の容態は貴方様より重いのです。そろそろ花を贈るのもお止めになった方がよろしいかと」
「ちょっと、ジャスパー。よしなよ。もうあの子からしたら贖罪みたいなもんなんだよ。あたしらでそれは違うって言って止めた所で続けるに決まってるさ」
しかし、とジャスパーが言い淀む。ターコイズの言う通り、贖罪の意味もきっとこの四葉には込められているのだろう。ジャスパーのように病状の酷い彼を慮る気持ちも、何方の気持ちもルリには分かる。ルリは痛む胸を抑えながら、ハッキリと口にした。
「いいえ。二人とも、彼からの贈り物は止めないで下さい」
お願いします、と。頭を下げるルリに、二人は黙って頷くしかなかった。彼女の母親ももう永くない身体であった。ルリはきっと遠からぬ先の未来、自身が辿る運命を。未来の姿を彼女に重ねた。きっと私の命も持たない。桜子にしてやれる事とすれば——私には、これしかない。彼から幸福を貰う事を続け、ルリが十五歳になった頃。ルリの母親の葬式が静かに行われた。村人が参列する中、そこに桜子の姿はない。十三歳の若さで母親の死を見送る事になったコハクは目を涙で濡らしている。横に立つ彼女をそっと抱き締めて、頭を撫でた。
