第3章 【ルリ】君にありったけの幸福を
桜子は身体が弱く病気持ちだけど、二人と居る時はそんな現実から逃れていられた。されど、そうしていた事を後に後悔する事になる。
「今、なんて」
「ルリのやつ、病気なんだ。大人になるまで生きられねぇらしい」
あれから二年が経ち、病気が重くなってきた桜子は村の居住区を出た。探索王であるクロムのコレクションが集めてある小屋より少し奥にある屋敷に住んでいた。村人に迷惑はかけまいと家を出て、死に場所を定めた彼。十二歳のルリが病気になったと聞いて、すぐ様思い浮かんだのは僕の病気が移ったんじゃ、という事だった。
「病気なんて嘘は、君はつかないよね。僕のせいだ」
「何言ってんだ、違うだろ?たまたまだ」
否定するクロムにそんな事はない、と桜子は首を振った。きっと自分のせいだ。桜子は棚から手のひらサイズの札を取り出す。二枚の札が重なったそれをかぱりと空けた。押し花、といって花や草木を平面にならした物である。とっくの昔に枯れて今は掠れた跡を残した四葉のクローバーが、片方の札の上にあった。ルリは、きっと僕に幸運を譲ったから病気になったんだ。そんな無根拠な論説が頭の中を占める。考えていた事を読んだクロムが、桜子の手をぎゅっと握った。
「俺に任せろよ。何でも探しまくって、二人纏めていつか治してやっからよ」
「ありがとう、クロム」
今でも食事を運んで来てくれたり世話を焼いてくれる彼に、桜子は礼を言った。幸運を運ぶ筈のクローバーの亡骸を見ながら、もしまたクローバーを見つけられたら、今度は彼女に。ルリに譲ろう、と勝手に決めた。少年は自分の残りの人生に意義を見出した。ルリに、ありったけの幸福を渡そう。その為ならば少しくらい僕の命が削れても構わない。
*
「クロム、これは」
「十四歳の誕生日と、百物語の継承おめでとうだってさ。俺が止めても無茶して身体動かすんだよ、あいつ」
クロムがしょうがねえ奴だ、と頬を軽くかいてみせた。ルリの目の前にはパッと見では数え切れない程の四葉のクローバーが束になって置かれていた。四葉がどれほど見つけるのが難しい物かは、ルリにだって分かる。それも桜子の病状を思えば、外に出てクローバーを探す事すら辛いだろう。命を削り出して見つけ出したそれを、ルリはなぞるように優しく触れた。