第3章 飲んでも呑まれるなとは言うけれど。【ナランチャ】
「ナランチャ、好き」
その女は頬を紅潮させ、うっとりした表情で囁いた。
頬は上気し、熱に浮かされたような舌足らずな調子で彼に言いよる姿は、男なら誰もが固唾を飲んでしまうほど扇情的なものだった。その様子だけを見れば、女が愛する男に熱烈な愛の告白をしていると誰もが想像するだろう。
_____ただ一つ、ここが酒場でなければの話だが。
「あーもー…引っ付くんじゃあねェよ、バカ」
「バカじゃあないッ!」
「うわッ耳元で叫ぶなよォ〜…!さァ、もう飲むの辞めねェ?今日だけで何杯目だよ、これ」
空になった酒瓶に目を落とし、ナランチャは盛大にため息を吐いた。
ネアポリスを縄張りとしているギャングの彼らは、任務終わりにこうして酒場に立ち寄ることが多かった。そこは気取ったスーツに身を包んだサラリーマンも、ましてやドレスコードなんてものが存在するはずもなく、皆思い思いに安価なバーボンで一夜の夢を見ることができる場所だった。酔いが回って何が面白いのか抱腹絶倒する輩、泣き上戸に笑い上戸から果ては酒乱に絡み酒_____そしてこれらの客を手馴れた手つきで捌いていく店員たち。
ギャングである彼らもまた、様々な人間の人生が交錯するこの場所を気に入っているのだった。
「まーた始まったぜ」
円形のテーブルを囲んで酒を煽っているメンバーの一人、ミスタはケラケラと愉快そうに言った。チーム内でも一際酒癖の悪いは、チーム唯一の女ギャングにして男にも勝る酒豪っぷりであった。ただ酒癖が悪いだけならなんら問題はないのだが、彼女のタチの悪いところは別にある。
「ナランチャ、私と結婚して?好きなの、貴方のことを誰より何より愛しているのよ」
「はいはい、分かったから水飲めよ」
「またそーやってはぐらかすんらからァ〜!!」
呂律の回っていない舌で怒りながらも、ナランチャがグイッと水を差し出せば彼女はそれを素直に飲み干した。
彼女には酔いが回ると、隙あらばナランチャを口説き始めるという悪癖があった。そのくせ次の日になれば昨日のことなど綺麗さっぱり忘れているものだから、他のメンバーもこの厄介すぎる彼女の癖には手を焼いていた。