第2章 露伴先生に触れようプロジェクト【岸辺露伴】
彼女は所謂『男性恐怖症』で、それは実の父親と当時の恋人にDVを受けた経験から発症したものだった。
母親はおらず、国からの補助金とカフェのアルバイトでS市内にある女子校に何とか通っているという。
そんな彼女とボクがひとつ屋根の下で暮らしていることは一見矛盾しているかもしれないが、成る可くして成ったということを先に伝えておきたい。
________________
「恐怖症を克服したいだってぇ?」
全ては、彼女のこの一言から始まった。
「あ、今"絶対無理だろ"って思いましたね」
「君はエスパーなのか?驚いたなァ、記念にスケッチさせてくれ」
「私、真剣なんですよ」
読んでいた画集を閉じ、そそくさとスケッチブックを開いた手がまるで彼女の声に射抜かれたようにピタリと止まる。
二.五メートル先の彼女を訝しげに見れば、何とも言えない神妙な面持ちと目が合った。
_____二.五メートル。なんの数字か分かるか?
ボクと彼女の、決して縮まらない距離だ。
もっと言えば、彼女が男性と、冷や汗をかくことも震えることもなく普通に会話ができる最短距離。
ただの男嫌いではない、彼女はそういう"症状"持ちだった。
「君さァ、自分の言ってること分かってるのか?ボクは前にも言ったはずだぜ、無理に治す必要はないってな。それにもし仮にそんなことをして、余計に悪化したらどうするつもりだよ。それこそ、男と同じ空間にいるだけで吐き気を催したりさぁ……」
「私、露伴先生にもっと近づきたいんです」
「分かるぜ。このままじゃあ将来も不安だよなァ。けど考えてもみろよ、尊重すべきは君の気持ちであって……おい、今何て?」
「だから、露伴先生に近づきたいんです。もっと言えば、先生に触れたいんです」
飲みかけの紅茶が揺れたのは、今しがたボクが膝を机にぶつけたからだ。
先にことわっておくが、決して動揺しているというわけではない。