第16章 おやすみの前に
……彼女の事だ。こんな下らない事で嘘をつかない。それに自分が言った所で信じないと思っているからこそ、黙っていたのだろう。
「二人の天才…ですか」
フ、と微かに氷月は笑った。
3700年前。在りし日の、彼女の姿が蘇る。今よりずっと短い、ボブヘアーにした、道場に映える艶のある白銀の髪。広大な海の様に煌めく大きな瞳。
朝練に来た自分を、汗だくの彼女が笑って迎えた。
《おはよう、氷月君。今日も早いし、すごいね。
氷月君はいつも本当にーー
ちゃんとしてるね!!》
「……君の方こそ、本当に……
ちゃんとしていますね。葵。」
それだけ呟くと、牢屋の中で静かに眠りについた。
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「…うーん…」「どうかしたの、葵?」
「あ、えーっと……その、未来ちゃんの事考えててたんだ」苦笑する葵。
今までは彼女は一人で悩みを抱え込みがちだった。だが、それを指摘してからは最近では最初こそこうして声に出すのを躊躇うが、結局言ってくれる。
ささやかだが嬉しい変化に喜びつつ、そうだね…
と羽京は返した。ーー胸元に潜めた、ひとつの花を握りしめて。
「……あのさ、葵。」
「…?羽京君?」羽京君呼びはもう固定のようだ。苦笑いしてから、真剣な眼差しを向けたままーー
胸元に大事にしまっていた、ひとつの花を出した。
「これ……」
それは、冬に結婚式を挙げた時。彼女の着ていたドレスの一部であるーー髪留めの、一輪の青い薔薇。
「……なるほどね。私も未来ちゃんに何か出来ないかな、って思ってたから。もちろん、いいよ」
羽京の意図を汲んだ葵。
ありがとう、と羽京は微笑んで返した。