第16章 おやすみの前に
「まあね。司君、石像が破壊されてる場所なら私も覚えてるけど……まさか壊した場所、全部覚えてるの?」葵が問う。
「……もちろん。ただの一度も、忘れた事なんてないよ」
「…そっか。私は単純に見回りして見つけたの全部覚えてるだけだけど、そっか……」
《忘れた事なんてない》
羽京はその言葉を葵の背後で噛み締めた。
命の壊れる音は、やはり忘れられないものなのだろう。司は忘れる人間だ、自分とは別世界の人間だー
ーーそう思っていたが、実態は。もう少し、違うのかもしれない。
その後。石片の残存箇所は、葵が先にまだ回収出来てない場所を執筆しながら、口頭で司に彼のみ覚えてる場所を聞き出す。
それで未確認の場所を全て特定。
特定作業が終了次第、葵の執筆と同時進行で司の口頭を聞きながら羽京が地図を書いた。
「ありがとう、羽京、葵。これで壊した石像の場所は、全部だよ」
「あはは、どういたしまして。でも、僕より作業量大幅に減らしてくれた葵の方が大変だったと思うし」
ちらり、と謙遜しつつ横の葵を見やる。
が、当の本人はと言うと。
「いえ。私こういう同時進行的なのよくやらされてたから大丈夫だよ~、二人の方こそお疲れ様~」
平然としている。
「えーっと…ごめん、どういう環境で育ったらそうなるの…?」「え、家庭教師の先生にやらされませんでした…?小学生の時とか」
「「しょうがくせい……」」
唖然とし過ぎてハモった羽京と司。本来ならこの二人がハモる事なんてそうそう無いだろう。
葵は元の脳の作りも相当だが、余りに厳しい家で育ってるせいで余計常人離れした能力を身に付けてるのかもしれない。
「えっ。やらない…?夏休みの宿題の面倒くさいやつとか!
読書感想文と計算ドリルを右手と左手で書きながら、憂さ晴らしに平家物語口頭で呟かない??」
「「ぜったい やらない」」
またもやハモる羽京&司。
ーー平家物語を呟きながら両手で作業する小学生。
羽京は想像した。彼女の過去の写真は無いので分からないが、きっと幼少期も可愛らしい姿で…
『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし…』