第12章 【番外編】 精一杯の賛辞を
決して私の欲しい言葉はくれないのに、常に私の隣を陣取って私に挨拶の言葉をかけてくる男性がいるとその双眸を鋭くさせるのだから、質が悪い。
「ラクサス、挨拶してくれているだけじゃない。」
「何の話だ。」
「…はぁ。」
―何てひねくれた人なんだろう。
「どこ行く。」
「お手洗いよ。まさか付いてくるなんて言わないでしょうね?」
ぐっと押し黙った彼を置いて私はその場を立ち去る。パーティーの真っ最中で、トイレには誰もいなかった。手にしたバックから化粧品をいくつか取り出し、手早く手直しを済ませる。
最後にリップを引いてティッシュオフすると気分は幾分か落ち着いた。
「…わかってたことだわ。」
彼の言動にこんなに振り回されることになるなんて。たまにこうして気分が落ち込んでしまうことを彼には知られたくなかった。面倒な女だと思われそうで。
「よし。」
リップをバックに仕舞いなおし、お手洗いを出て会場への道を歩いていると、道中に見知った顔があった。
「先ほどはどうも。挨拶も十分に出来ませんで。」
「いえ、お構いなく。」
挨拶が出来なかっただけで、ここで待っていたのだろうか。嘗め回すような男性の視線に肌をざわりと撫でられたような不快な気持ちになる。
こうした祝い事の時に、こうした人は何人かいるものだ。
「会場までの道をご一緒させて頂いても?」
「…どうぞ。」
ここで彼を突っ撥ねるのは簡単だが、逆上した男ほど面倒くさいものはない。ここで騒ぎになることは避けたかったし、会場に行けばみんながいる。
そう判断して男に是と言ったまでは良かったが、男は隣に並び立つと、不躾にも私の腰に手を回そうとしてきた。
咄嗟にその手を捻りあげようとした瞬間、眩い光が目を灼いた。
「…何してやがる。」
「…ひっ!」
地を這う低い声。そして一言。
「失せろ。」
先ほどまでの紳士的な態度は何処へやら、一目散に駆けていく彼は状況に合わず、滑稽だった。
「一人でも何とか出来たのに。」
「触られたか。」
「いいえ、少しも。」
「不用心なんだよ。」
「そうかしら?」
悪びれずに答える私に舌打ちすると、不意に彼は私の腰に手を回して引き寄せた。
咄嗟のことによろけて彼にぶつかり、耳元のピアスが揺れる。
「悪くねェ。」
耳に降った声。これが彼の精一杯。
