第2章 余裕で跳べてしまうから
寝袋オチどころか向かいの部屋・・
何のご褒美だこれは
電話越しに耳元で響く懐かしい声
首にかけていたタオルでコーヒーに濡れた服を拭きながら
この距離なら余裕で跳べるな、
そんなよからぬ事も頭に浮かんだ
「・・こんな時間まで起きてるのか」
「ふふ、聞き方が先生みたい」
「先生だよ」
「なんだか、寝付けなくて」
「それでこんな時間にそんな恰好で外に出たと・・、無防備にも程がある」
せめて上着ぐらい羽織れ、なんてぶつぶつ言っている
昔もよくこうやって怒られていたっけ
“お前なぁ、だからあいつと二人になるなって言っただろ、無防備にも程がある”
付き合っていた頃と同じ言い回しに、急に心臓の音が騒がしくて
「相澤くんこそ、こんなに遅くまで仕事してるの?そ、そりゃドライアイにもなるよ、夜遅くまでパソコン見ちゃだめなんだからね、ちゃんとごはんは食べたの?健康管理は生活のキホン・・っ
「・・お前、焦るとめちゃくちゃ喋るのそのまんまだな」
そう言った彼があの頃と変わらない表情で笑うから、途端に息が上手く吸えなくなる
好きにならないなんて
ああ、やっぱり無理だ
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「えっ、わっ・・!」
そんな私の目を覚ますように吹き込んだ強い風が
机上の業務資料を一枚、ひらりと空へ舞い上げる
慌ててバルコニーから身を乗り出し、かろうじてそれを捕まえた拍子に
ぐらり、前のめりにバランスを崩した
「よかっ、た・・!」
「っちょ、おま、危ねェ!!!!」
落ちる、そうぎゅっと目を瞑った瞬間
ガシ、と逞しい腕に支えられバルコニーの壁に背中が付くと、とてつもなく低い声が頭上で響いた
「ったく、何階だと思ってる・・
そういうところもそのまんまかよ」
数メートル先にいたはずの彼が目の前でシュルル、と捕縛布を回収し眉間に皺を寄せ呟く
「ありがとう、た、大変失礼しました・・」
睨みをきかせる目、怒りを帯びた声色
その凄まじい覇気とは対照的に
私の身体が壁に強く当たらないよう、背中に優しく回された大きな手
「ふふっ」
「何笑ってんだ・・!」
眉間の皺を深くしながら怖い顔で凄まれても
「だって、相澤くんの優しいところもそのまんま、だから」
やっぱり貴方がどうしようもなく好きだと、何だか泣きたくなった