第12章 むかしのはなし
手を握られた時に感じた彼女の温度が、シャーペンを持つ手に残る
服に微かに染み付いた甘い香りが頭を痺れさせて
心臓が、うるせェ・・
場所を変えよう、ここじゃ無理だ
そう思うのに
もしかしたらもう一度話せるかもしれない
今出て行ったら二度と話せないかもしれない
名前を聞く勇気も無いくせにそんな考えが頭をよぎる
でもほら、消しゴム忘れたとかシャーペンの芯が切れたとか
何か、そう何かが、起こるかもしれないだろ
・・もう一回寝たらまた世話を焼いてくれるかな
そんなことを考えていた矢先、無慈悲にも大きな音を響かせて図書室のドアが開いた
「見つけたゼェ!ショータ!こんなトコに隠れやがってェ!!」
「ショータくぅーん!ゲーセン行きましょ〜!」
聞き慣れた大声と叩きつけられた反動でドアが大きく揺れる
ああ、終わった
「・・土曜まで探しに来てんじゃねェよ」
そう呟き立ち上がると二人を引きずり扉へと向かう
穏やかだった空気は一気に消え失せて、むさ苦しい現実に引き戻される思いがした
「なんか今日ショータいい匂いしねえ?」
「それオレも思った!なんか女子みたいな」
「・・そんなワケねえだろ、アホか」
肩に感じる甘い香りをできるだけ振り切るように、いつも以上の速度で歩いて
「ほぉー?これはニオイますね白雲サァン」
「激しく同感であります山田サン」
でも忘れてしまわないように、あの優しい微笑みを何度も何度も思い出していた
———-
「ショータお前、あのコだろ?」
バシッと背中を叩かれ我に返ると、にやにやと笑う二人の顔
「俺は知ってるぜ?彼女の名前、友達、趣味、家の住所まで!なァひざしィ!」
「は、何の話か全く・・」
「照〜れちゃってェ〜!毎日お前と居んのよ?食堂とか廊下とか、目で追ってんのバ・レ・バ・レ!」
魅力的なのは笑った顔だけじゃない、表情がころころと変わり鈴を転がすような声が聞こえる
俺に無いものを沢山持っている君をずっと見ていたい
「言ってるそばからコレよ、HAHA!」
「そんなに見られたらドキドキしちゃう〜」
拳に力を入れ、続け様に腹を殴ると二人は床を転がって
それでも大声で笑い続ける姿に舌打ちが漏れる
集まった視線が居心地悪くて、お前らと居ると俺まで目立つだろ、そう悪態をつくと早々に食堂を後にした