第1章 話しかけてもいいか
「おや、あんたら知り合いかい?
そりゃちょうどよかった、
これから薬師先生を寮へ案内するんだが
生憎他にも怪我人がいてね
あんた暇なら連れて行っておくれよ」
その言葉に、大きく開かれた目が更に大きく開いた
「い、いえ!時間もありますし、一人で大丈夫ですから!」、慌てた彼女はそう言って荷物に手を掛ける
「・・幸い時間なら俺もある
荷物も多いみたいだし、よければ寮まで案内しますよ」
書類に埋もれたデスクが頭をよぎるがこっちが最優先事項
他の事は今はどうだっていい、唖然とするその姿を尻目に俺はスーツケースを持ち上げた
「あんたが親切なんて珍しいこともあるもんだねぇ、じゃあ頼んだよ」
ばあさんに礼を言い保健室を出た彼女はそれから何も話さない
そりゃそうだよな、当然の反応だ
そう納得しているはずなのに心臓を掴まれたように胸が苦しくて
「・・・話しかけても、いいか」
そう尋ねると、びくっと身体を硬直させる気配がした
そりゃそうだよな、当然の反応だ、同じ台詞を心の中で繰り返す
俺に会いたかったわけ、ないよな
断られるのが怖くて、結局返事を待たずに俺は言葉を続けた
「・・こないだは、助かった」
宣言通り話しかけておいて、今更どのツラさげて顔を見ればいいのかわからない
左斜め下から感じる視線に気付かないふりをし前を向いたまま呟いた
「勧めてくれた眼薬、どちらもよく効くよ」
果てしなく感じた沈黙の後
ふふ、と彼女が微笑むのがわかる
「・・二つとも買うなんて
眼薬の注しすぎはよくないよ、相澤くん」
昔と変わらない柔らかな声音が俺の鼓膜を揺らして
緊張で冷え切っていた身体に堰を切ったように熱が流れ込んでくる
煩い胸の音すら懐かしくて心地がいい
会いたかった
たった今自覚した、言う資格のないその言葉を飲み込み
できるだけゆっくりと寮への道を歩いた
—————
「・・俺と別れてほしい」
自分が傷つける彼女の顔を見たら立ち直れなくなりそうで、下を向いたままそう告げた俺は最後まで卑怯だったと思う
それでもやっぱり最後に覚えていたくて、一瞬だけ盗み見た彼女は
「・・本当に大好きだったよ、今までありがとう」
大粒の涙が溢れ落ちているのに、まるで俺を励ますような、そんな笑顔だった