第1章 話しかけてもいいか
「HEYHEYお前ここ数日なーんか変よ!?」
真隣から発せられる馬鹿でかい声、何日も続いている頭痛に自然と眉根が寄る
授業にメディアにと連日の激務にも拘らずまるで疲れを見せないこの男に、尊敬に似た感情が無いと言えば嘘になるが
「オレに話してみろってェ!親友だろォ!?」
「・・親友、まぁそうだな」
「・・・」
「・・・」
「オイ、完全にイカれちまってんなァ・・!
お決まりの舌打ちはどしたァ?
いつもの百倍は怖いぜショーチャン?」
ガシャガシャと響くコピー機の音、目の前の書類の山は何時間も変わらず積み上がったままだ
相も変わらず耳障りなその声に顳顬を押さえて席を立つ
「どーこ行くんだYO相棒!」
校舎裏、ひらひらと舞い始めた落ち葉がゆっくりと落ちる
ふと目をやった先、明らかに此方を威嚇している野良猫に手を伸ばすが案の定逃げられてしまった
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「その猫ちゃん、とっても可愛いね!」
「・・おすし、って名前」
「ふふ、名前もとっても可愛い
相澤くんにすごく懐いてる、いいなぁ」
吐き出した大きな溜息、甦るその記憶を誤魔化すように足元の枯葉に視線を落とす
あの日からすでに一週間、
“わざわざ顔を出してくれたのに”と、店員は彼女にそう言っていた
仕事の都合か何かでこの街を訪れた、そう考えるのが自然だろう
そう思ってはいるのに、毎日何かと理由をつけてはあの場所へと足を運ぶ己に呆れる、全く以て不合理の極みだ
いくら後悔しても過去は取り戻せないと
俺は嫌というほど分かっているはずなのに
先ほどと同じ猫が此方を警戒しながらじっと俺を見つめている
記憶の中の温もりには似ていないその色、ポケットの中から取り出した玩具を揺らしても全く興味を示さない
「・・追うべきだった、そう思うか」
小さく呟いた声は風の音に掻き消され、ゆらゆらと揺れるそれを心外だとでも言うように不機嫌な視線を放っている
「あ!相澤先生!さよーならー!」
「はい、さようなら」
窓越しに突然掛けられた生徒の声、驚いた黒猫の直様遠ざかる気配がする
午後の演習で火傷を負った上鳴がそろそろ目覚める頃だろう、ゆっくりと立ち上がると音を立てた枯葉
何も進んでいない業務の数をぼんやりと思い浮かべながら、保健室へと重い足を踏み出した