第1章 話しかけてもいいか
言葉が見つからないままどのくらい経ったのだろう、時が止まったような沈黙を先に破ったのは彼女の方だった
「・・どんなものを、お探しですか、」
声音の中に微かに感じる震えと、あからさまに逸らされた目に酷く傷ついた自分が馬鹿馬鹿しい
流れるアナウンスの合間に響く空調の音、首筋を伝った嫌な汗を冷気が直様冷やしていく
「あ、ああ、ドライアイに効・・」
言い終わらないうちに目の前に置かれた二種類の小さな箱、同時に彼女は逃げるように踵を返した
「でしたらこのどちらか、ですね」
行ってしまう
何か、言わないと
早く何か言わないと
元気にしてるのか、とか
なぜこの街に居るんだ、とか
あの時は悪かった、とか————
「薬師さーん!!わざわざ顔出してくれたのに、
お待たせしてごめんね〜!」
「い、いえ!」
「何年ぶり!?アルバイトしていた頃が懐かしいよ!」
棚越しに彼女を呼ぶ大きな声が店内に響くと、あの頃と変らない背中が俺の視界から消える
目の前に置かれた二つの箱を手に取り駆け出すように足を踏み出したものの、背の高い棚の向こう、どこを見渡してもすでに彼女の姿は無い
再会を望んでいたのか
会いたかったのか
そんなこと、今まで考えたことすらなかった
驚いた顔、きつく結ばれた唇、逃げるように去った背中
追いかけて俺は一体どうするつもりなんだ、呑気に昔話でも始めるのか
また昔のように、なんて一瞬でも思ったのなら
全く、どのツラさげて、おめでたい奴にも程がある
相変わらず耳障りな宣伝放送、積み上げられた色とりどりの箱、体調不良者には決して優しくないその景色が一層煩わしく思える
心底不思議そうに店の出入り口を見つめている店員の様子からして、彼女はもう此処には居ないのだろう
追おうと思えばおそらく、一瞬よぎったその考えに、思いつく限りの悪態を自身へ吐き捨て手の中の箱を握りしめる
会計を済ませ自動ドアを抜けると、先ほどよりも強くて忌まわしい太陽が呆然とする俺をじりじりと照らしていた