第3章 いつもよりハイペース
彼女の口から確かに出た「彼」という音が木霊する
この世界のそう遠くはない何処かに、彼女が愛を捧げる男が確かに存在しているのだ、しかも碌でもない類の、到底容認できないような、
「・・連れて来いぶっ殺してやる」
「HEY相棒、心の声が漏れちまってるぜ?
ま、確かにお前にはキチィよなァ・・」
この際「資格が無い」だの「どのツラさげて」だのは一旦置いておくとしよう、そんな野郎のどこがいいんだ
「・・俺に、しろよ・・・」
「HEYショーチャンまた漏れてるぜ、
ってか飲み過ぎだその辺にしとけ・・っ!」
鈍器で頭を殴られたようなショックと共にアルコールが身体を支配するのを感じる
明るい照明と耳障りな山田の声がだんだん遠くなって
そりゃ、昨日のこともノーカンにされるわけだ
再会に浮かれて迫った昨日の俺も、一発ぶん殴ってやらないとな
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「すれ違う想い・・青春ねぇ」
うっとりと宙を見つめた香山さんがゆっくりと瞼を閉じる
テーブルに突っ伏した途端に聞こえてきたのはすやすやとした寝息
「いいお相手が、いるんだね?」
向かいに座るオールマイトの穏やかな微笑みがあまりにも場違いで、私は思わず苦笑を漏らした
「あ〜あ、完全に潰れてやんの・・
悪い、俺一旦コイツ連れて帰るわ!」
相澤くんの腕を肩に掛けた山田くんは、香山さんを見遣ると大きな溜息をついてゆっくりと部屋を後にした
「その人とは、どのくらいお付き合いしてるんだい?」
気づけば無事に座っているのはオールマイトと私の二人だけ、変わらない微笑みをたたえた彼が烏龍茶の入ったグラスを楽しそうに揺らす
「いえ、彼氏でも何でも無いんです・・この歳で片想いなんてお恥ずかしい・・」
それを聞いた彼はちょっぴり驚いた顔をして、また優しい笑みで白い歯を見せた
「こんなに素敵な薬師くんを放っておくなんて、考えられないな」
「ふふ、そう言っていただけると元気が出てきました」
差し出された烏龍茶のグラス、カランと音を立てた氷が唇に当たる
今夜ひと言も言葉を交わすことのできなかった彼を思い浮かべ、頭の中にある酔い覚ましのレシピを引っ張り出して
部屋に戻ったらきっと私は一番にバルコニーに出るのだろう、そんな事を考えながら冷たいそれを飲み干した