第30章 もう間違えない
赤や黄色、通りを埋め尽くしている派手な暖簾に目が乾く
立ち止まって眼薬を注すと先ほど彼女と別れた店の方角へ、流れる人の波に身体を預け足を踏み出した
「さて、」
悴んだ手で触れたスマホ画面には彼女の連絡先、安堵する顔を思い浮かべると自然に頬が緩む
愛しいその名前に指先が触れる直前、目線を落とし画面を見つめた視界の端に突然色鮮やかな菫色が咲いて、俺は目を見開いた
「これ、おいしいね!」
「もう、ちゃんと前を見て歩くのよ」
「はぁーい!」
エリちゃんと同じくらいだろうか、母親に手を引かれ嬉しそうに綿菓子を頬張る小さな女の子の髪で菫色の髪飾りが揺れる
白い雲のようなそれが赤い口に触れると、甘ったるい砂糖の味が懐かしい記憶とともに思い出される気がした
———本当は相澤くんに見つけて欲しかったの
あの夜響いた彼女の声が耳に木霊する
たった数秒で薄暗くなった画面をポケットに仕舞うと、苦笑とともに吐いた溜息が白く濁った
「不合理の極み、だな」
我ながら呆れる、捕縛布を少しだけ緩め前を向くと澄んだ空気が上がった体温を下げて
汗ばんだ身体に当たる冷たい風がひどく心地よく感じて、らしくない勘なんてものを信じ人混みの中を歩き出した
———来年も一緒に来ようね?
今なら言える
違うな
お前になら、あの時だって言えた筈なんだ
不確定な、先を約束する言葉を
遠目からでもわかるほど、不安気に手の中の画面を見つめる姿に自然と足は速まって
いつもそんな顔をさせているのか、と心が痛む
その長い睫毛を悲しみに濡らすようなことはしないと、約束しよう
「っ、相澤くん・・!」
砂利の音に気付いて顔を上げた彼女の目が驚きに見開かれていく
赤く染まった鼻先に触れると丸い瞳が幸せそうに細められた
「待たせて悪い、寒かっただろ」
「よく見つけられたね!電話が来るかと・・」
とりあえず温かいもの買おう、そう言いながら身体を寄せた彼女をふわりと抱き寄せ一瞬だけコツンと額を合わせる
「まぁ、験担ぎみたいなモンだ」
「え?」
「いや、こっちの話」
なにそれ、優しく笑った彼女の手に指を絡めると冷え切った指先は徐々に甘い温度へと変わっていく
「此処に居るだろうと思った」
「えっ、どうして?」
「秘密」