第28章 応援なんかいらない《後編》
「・・薬師先生って、素敵な人ですね」
イレイザーが惚れるの分かる気がします、そう言って磨きあげられた床に目線を落とすと、僅かにその口角が上がる
「・・・」
大人げ無くて結構、次会った時にでも手渡そうと持ち歩いていた二つの書類を握りしめ
その内の一つは無かった事にしようとたった今俺は心に決めた
「高校時代から付き合ってたんですよね」
「忘れた」
素敵な人、という表現がこいつらしくて無意識に眉間に皺が寄る
顔が好みだとかスタイルが良いとか、まだそう言ってくれた方がマシな気さえした
「そんな怖い顔しないで下さいよ」
「・・元からこういうツラだよ」
他の生徒たちに比べ、個人的な感情を悟られることにさほど抵抗が無いように思えるのはこいつの持つ雰囲気のせいか、はたまた受け持ちの生徒ではないからか
いずれにせよ情け無いことに変わりはない、と苦い言葉を繰り返す
「俺はただ、イレイザーの学生時代が気になるんです」
少しでも近づきたいから、そう言って下を向く顔からは向上心だけが読み取れる
そんなに真っ直ぐに憧れられるのも心地が悪い、
自分の大人げ無さだけが際立つようで、俺はぼりぼりと頭を掻いた
「・・忘れないうちに、これは返しておく」
貸してくれてありがとね、さも今思い出したかのようにバインダーからそれを抜き取って
本当はこれだって渡すのが惜しい、とは言わない
大人だから、先生だから、
「え、イレイザー、これ・・」
「内容は同じだ、何の問題もないだろ」
左上をクリップで留めた真新しい紙の束、それを受け取った心操は驚きに目を見開くとふるふると肩を震わせ笑いを堪えた
「原本が欲しいって言ったら怒りますか」
「捨てたからもう無いよ」
「絶対嘘ですよね」
「・・・」
何も言わずに背を向けた瞬間、静かに笑う声が聞こえて
なんだこの敗北感は、湧き上がる苛立ちに軽く舌打ちをして足早に去る俺の背中をあいつが見つめているのが分かる
「ありがとうございました」
「ん」
律儀にお辞儀をして去るその姿を横目に
明日の放課後は覚悟しとけよ、そう心の中で言い放つと職員室の重いドアに手を掛けた