第28章 応援なんかいらない《後編》
さすがに無理をさせすぎただろうか、よろよろと保健室に向かった今朝の姿を思い出すと多少の罪悪感が芽生える
「おい、廊下を走るな」
いつもの言葉を繰り返しながら、食堂へ向かう生徒たちとは逆の方向へと進んで
窓から差し込む弱い光が心地よく床を照らした
腕に抱えたバインダーの中には昨日から入れっぱなしになっている二つの書類、ついでに見舞いの品としてゼリー飲料をポケットに忍ばせてある
「えっ、先生もしかして奥さんとランチ!?」
「違うよ」
近づくにつれ増えていく好奇の視線を受け流し、辿り着いたその部屋
出来るだけ音を立てないように扉を開くと、デスクで眠り落ちているらしいその背中が目に入る
見舞いだけ置いて帰るか、分かりやすく落胆している自分に呆れて苦笑した時、視界の端に紫色の髪を捉えた
奥のベッドから持ち出したらしい淡い色のブランケットを、心操が彼女の肩にそっと掛ける
そしてそのまましゃがみ込んで目線を合わせると
閉じた瞼をじっと見つめ、はらりと顔に落ちた髪にゆっくりとその手を伸ばした
「心操か」
さも今気が付いたかのような声を発しながら一歩足音を響かせると、空を掴みかけたその手が慌てて引っ込む
バッ、と音を立てて立ち上がったその顔には驚きと焦りが滲んでいた
「イ、イレイザー・・」
「それ、ありがとね」
掛けてくれたんだろ、大人げ無い牽制の言葉とともにブランケットに目を遣ると、心操は少しだけ目を見開いた
「借りていた本を返しに来たんですが、今度にします」
「ああ、じゃあ渡しておくよ」
次々と頭に浮かぶ棘のある言葉を掻き消し「先生」を演じるのは最低限のプライド、いや、こいつにはこの程度でも意が伝わると思っているからかもしれない
いずれにせよ情け無いことに変わりはない
すやすやと眠るその横にゼリー飲料だけを置くと、掛けられたブランケットをさりげなく首元まで引き上げ彼女に触れた
何かを聞きたそうにした心操がその言葉を飲み込むのを感じる
俺が何をしにここに来たのか、そんなところだろう
「戻るか」
「あ、はい」
先に戻れとは言わない、大人だから
静かに扉を閉めた心操は早足で俺に追いつくと
相変わらず何を考えているのかよく分からない表情で呟いた