第27章 応援なんかいらない《前編》
「・・薬師先生、昼行ってもいいですか」
通り掛かった廊下、見慣れた紫色の髪が近付いて私はいつものように笑顔で頷いた
朝の澄んだ空気に響く凛とした声、こういう所は昔の相澤くんよりも数倍爽やかな気がする
「もちろん、お気軽にどうぞ」
私がそう言うと、僅かに笑みを浮かべた彼は目元を紅くして「いつもすみません」と頭を下げた
照れ臭そうに彼が頬を染める時は決まって、相澤くんの事で何か聞きたいことがある時で
秘密のファンクラブ会のような光景は絶対に本人には言えないなぁと苦笑が漏れる
「おい、今の見たか・・!?」
「普通科の奴だよな、体育祭で緑谷と戦ったやつ」
「心操、だっけ」
アイツ顔赤くなってたよな、誰の奥さんか分かってて声掛けてんのかな、すっげえ度胸、
背後で開いたドアから顔を覗かせたのはA組の面々、
その視線を一身に受け滝のように流れた冷や汗を拭って踵を返すと、
運悪く一番まずい人に鉢合わせてしまった
「なぁ、今日昼空いてるか」
黄色い寝袋を引き摺るその姿、すれ違い様に囁かれた声に私は思わず硬直する
今日のお昼は外出する予定だと、今朝彼は確かにそう言っていたのに
「あれ、お出かけするんじゃ・・?」
「ああ、キャンセルになってな」
まだ全然毎日とはいかないけれど、たまに昼食をとるようになった相澤くんは時折ふらりと保健室を訪れる
壁越しに生徒たちの聞き耳の気配を感じながら、私はしどろもどろに言葉を繋いだ
「ええっと、今日はちょっと・・、ごめんね」
お昼は先約があってね、そう言ってハンカチを額に当てると、刺すような視線がじっとこちらを見つめる
「ほう・・相変わらず”仲良し”なんだな」
「いや、あの、」
「こないだ注意したつもりだったが・・、甘かったか」
引き攣ったその笑みにぞくりと悪寒が襲う
そのまま私を一瞥すると、ずるずると引き摺られる寝袋の音はゆっくりと離れていった
「え、めっちゃ修羅場じゃない・・?」
「今日ぜってー抜打ちテストだ死んだ・・」
「君たち!早く席に着きたまえ!」
耳郎さんと上鳴くんのひそひそ声がしっかりと鼓膜を揺らした数秒後、
乱暴に閉められたドアの向こうで「今日は抜打ちテストを行う」と地を這うような声が聞こえ、私は心の底からA組の生徒たちに謝罪をした