第27章 応援なんかいらない《前編》
湯気の立った二つのカップを静かに置くと、目の前の彼が会釈をする
急いで昼食をとったのだろう、駆け込んできた心操くんは珍しく息を上げていて、私は冷たい水を用意しようと立ち上がった
「学生時代のこと?授業や演習のことは知らないよ?」
「わかってます」
それでも充分です、そう言って静かに目を輝かせる彼は第一印象よりもずっと素直で16歳の少年らしい
思わず笑みを零すと、彼は思い出したように鞄からあのノートを取り出した
「頂いたこれ、イレイザー覚えてましたよ」
すごい触りたそうにしてました、にやりと笑った彼の言葉に自分の顔が熱くなるのを感じて、私は慌てて床に目線を落とした
「学生時代のイレイザーって、勉強も出来ましたか」
両立で工夫してたことはありますか、なんて就活生のように両膝に手を置いて背筋を伸ばす姿に思わず吹き出すと、心操くんが赤い顔で私を睨んだ
「それは本人に聞いた方が、」
「”できる方がいいに決まってる、くだらないこ
とを聞くな”と言われました」
「っふふ!」
暑そうに水を飲み干した彼は静かに私の答えを待っていて、健気な瞳に宿る向上心に心が洗われるような気持ちになる
香山さんが”青春”をこよなく愛しているのも今なら深く頷ける気がした
「どちらかと言うと実技が得意なイメージだけど
一般教科も平均以上だったと思う、」
芸能レッスンはすごく嫌だったみたいだけどね、そう言って笑うと心操くんもつられて笑った
乾燥した手にいつもの瓶を取ると、甘い花の香りが広がって
今朝の相澤くんの様子を思い出し寒気がした私は、心操くんに申し訳なく思いながらも部屋の設定温度を少し上げた
「昔から、あんなにストイックなんですか」
投げられたその質問に、思わず言い淀む
するとそれをすぐに察した彼は「すみません、大丈夫です」と軽く頭を下げた
「マイク先生も、何も言わなかったから」
「そっか、」
あと少しで午後の授業が始まるというのに、この部屋には慌ただしさとは無縁のゆっくりとした時が流れて
「いつかイレイザーから聞けるように、
信頼されるように、頑張ります」
「・・素敵なお弟子さんを持って、相澤くんは
幸せ者だね」
静かに情熱を燃やす所は確かに似てる、白衣を身につけながら振り返ると彼は頬を紅潮させ嬉しそうに下を向いた