第5章 competition
「こんな俺でもさぁ、
良き夫、良き父になるのを望んでたことがある。」
レオナが手を止め、顔を上げたのが分かったけど、俺は何気ない顔で続ける。
「ある時はなれそうで…
ある時は…馬鹿らしく思える。
人生を台無しにしそうな気がしてね。」
「………。」
「感情的な拘束や愛が怖いからじゃない。
人を愛する自信はある。
ただ、本当は心のどこかで…
何かを成し遂げて死にたいと思ってるんだと思う。
優れた業績を残す方が、良い夫婦関係を築くより大切にも思えたり…ね…」
レオナを見ると、何を考えているのか分からない真顔で暫し沈思している様子だった。
しかし、視線を皿に下げてから口を開いた。
「昔…働いてた店で、社長がこう言ってた。
仕事のためにだけ生きてきたけど、53歳で気がついた、自分は誰にも何も与えず虚しい人生だってね。
人は生きる上で、誰もが…どんな人でも…愛し愛されたいと願っているんだと…思ったよ。」
「あぁ…分かる気もするよ。
その人の気持ちも。
神に愛されない人生だったとか思っちゃう系のね。」
レオナはカフェオレをかき混ぜながらボーッとその波紋を見つめている。
俺はタバコを取り出し、咥えた。
「もし神が存在するなら…
人の心の中じゃないと思うの。
決して分かり合うことは適わない、人と人との僅かな隙間にいるんじゃないかと思ってる。
だから誰もが苦しい時には他人に縋ってしまう。」
俺はジッポから出る火を見つめたまま
無意識に動きを止めた。
彼女の言葉に耳だけ傾ける。
「この世に魔法があるなら、それは人が理解し合おうとする力のことだと思う時がある。でも魔法ってすぐに溶けちゃうの。
だから魔法使いは、自分には魔法かけないんだよ。
溶けた時の虚しさに耐えられないから…。」
……。
火とタバコの僅かな空間。
あと数ミリなのに、なぜかそれが届かなかった。