第12章 【一筋の涙】
「エルドレド、シャンパンだ。レディ、貴女も」
「あ……ああ、ありがとう。それじゃあ、我々の出会いを記念して」
乾杯しようとグラスを少し近づけた時、サングィニのグラスが揺れて、クリスの右手に派手にシャンパンがかかってしまった。
「す、すみませんレディ……」
「サングィニ!何をしているんだ!」
「いいえ、お気になさらず。洗えば済む事ですから。……少し失礼します」
駄目押しとばかりに、花のような笑顔でその場を去ると、クリスは手を洗うために部屋を出た。
幸いドレスに酒はかかっておらず、手が汚れただけだった。手を洗いに女子トイレまで歩いていく中、クリスはドラコの不可解な行動について考えていた。
おかしい……何かがおかしい。だが、それが何かは分からない。
悶々としながら手を洗い、悶々としながら廊下を歩いていると、サングィニの前を通り過ぎた事にも気づかなかった。
「失礼、レディ?」
「え?あ、ああ!サングィニさん……」
「先ほどは大変失礼しました、レディ。美しい手を汚してしまって」
そう言って、サングィニはクリスの手を取って、手の甲に軽くキスをした。クリスが反射的に手を引っ込めようとしたが、物凄い力で掴まれていてまったく動かない。
「あの……サングィニさん?」
「貴女のような美しいひとに出会ったのは何年ぶりだろう……レディ、貴女はまるでバラのように美しいひとだ。それも満開のバラではなく、その蕾の中にみずみずしさを残した赤いバラだ。そんな貴女の血はきっと甘く、蕩ける様な味がするはずだ」
「戯れは止してください、人を呼びますよ」
「私は吸血鬼でね、分かるんですよ。レディ、貴女……処女でしょう?」
「このっ……手を離せ!下種が!!」
ついにクリスがぶちギレて睨み付けたその瞬間、サングィニの眼が赤く光り、クリスは体の自由を失った。
しまった、と思ったときにはもう遅い。吸血鬼固有の魔力によって、クリスはその両腕をゆっくりとサングィニの首に回そうと動いた。
初めからこれは罠だったんだ――どうにか残った理性で体の自由を取り戻そうとしたが、全く意味は無かった。
サングィニの顔からはクマが消え、活き活きとしている。クリスは首筋を差し出すようにゆっくりと頭を傾けた。