第12章 【一筋の涙】
動け、動け、動け、動けっっ!!
しかしどんなに必死になっても、指先一つ動かせない。サングィニの鋭い牙が、クリスの白い首に噛み付こうと剥き出しになった――。
「――その女から離れろ、死にたくなければな」
その声の主を、クリスは知っている。他の誰でもない、ドラコだった。クリスの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
いつの間にサングィニの背後にいたのか、ドラコは杖を突きつけ、冷たいブルーグレイの瞳でサングィニをにらみつけていた。状況を悟ったサングィニがゆっくりとクリスから離れると、やっとクリスは体の自由を取り戻す事が出来た。
正に万事休す、クリスはへなへなとその場にしゃがみこんだ。
「あぁ……助かった」
「はッ、あんな低級な輩に気を許すなんて、地に堕ちたなクリス」
「うるさい!元はと言えばあのクソ吸血鬼が……!」
ハッと気づいてクリスは辺りを見回したが、どこに逃げたのかサングィニの影も形もなかった。
「チッ、逃げられた」
「はっ!情けない。だいたい吸血鬼なんて3年生の時に『闇の魔術に対する防衛術』で対処法を習っただろう?君は3年生以下のお子様かい?」
「たまたまだ、たまたま!」
「たまたま?ハッ、笑わせる。まあ僕がたまたま通りかかってやらなきゃ、君は今頃吸血鬼のエサだ。感謝しろよ」
「あー、あー、それは本当にありがとう御座いましたッ!!ほら、これで満足か!?だったらパーティに戻れ!スラグホーン先生のご厚意で入り込めた折角のパーティなんだからな」
クリスは立ち上がり、ドレスに付いたほこりを払うと、再びパーティに戻ろうと扉に手をかけた。するとドラコがその手を押し止めた。
「止めておけ、あのパーティには酒に酔った輩もいる。もう今夜は大人しく寮に戻れ」
「お前に指図されるいわれは無いぞ」
「素直に忠告に従っておけ、もう……僕は助けてやれないんだ」
「……ドラコ?」
何か思いつめたようなドラコの声に、クリスは心臓がギュッと締め付けられるような気分がした。
クリスが扉から手を離すと、ドラコはくるっと踵を返して廊下を歩いていった。そしてそのまま振り返ることも無く、クリスの前から姿を消した。