第1章 出会い
「ぁ…と、ちょっと待っててください」
「………」
冨岡さんが無言でこくりと頷いたのを
確認すると、私は急いで師範のいる
道場へついさっき淹れてきたお茶を
持ちながら走った。
「師範、お茶を淹れてきました。
それと、水柱様…冨岡義勇さんが師範に
用があるそうです…。今は、玄関の方で
待たせているんですが、どうすれば?」
「あー、いつもの部屋につれていって
おいてくれ」
「分かりました」
いつもの部屋というのは…まぁ特に
変わったことはない、ただの部屋だ。
少し違う点といえば、いつも冨岡さん
が来たときは、必ずその部屋へと案内
することぐらいだろうか。
私はついさっき通ってきた道を戻り、
玄関でぼーっと立っている冨岡さんに
声をかけた。
「冨岡、さん。お部屋まで案内します」
冨岡さんは黙って(終始喋っていないが)
靴を脱ぎ、私の後ろへ回った。
「ついてきてください」というと、
冨岡さんはやはり無言で頷いた。
そのまま無言で歩き出す。
な、何か会話をしなければならない
気がする……。
「あ…の、冨岡さんは、好きな食べ物
って、あるんですか?」
ああぁ…!こんなありきたりな質問を
してどうするの私!!けれど、他に
聞けそうなこともなかったから……!
ど、どうしよう、変な女だと思われた
かもしれない…。
ふと、後ろから聞こえていた足音が
止まる。私もなにかあったのかと
後ろを向いた。
足を止めていた冨岡さんと、ばっちり
目があった。
お互いに何も発さず、少しも動かず、
数秒間見つめ合うが、冨岡さんが
さっと目をそらし、沈黙を破った。
「鮭大根……」
「え…?」
鮭大根がどうしたのだろうか。
「俺は、鮭大根が好きだ…」
いつもなら「あぁ…」ですませるで
あろう冨岡さんが、ぽつりと呟いた
言葉に、私はとても嬉しくなった。
「鮭大根ですか…!確かに美味しい
ですよね、鮭大根…!」
冨岡さんが、微かにだが口元を緩め、
こくりと頷いた。
鮭大根…鮭大根か、あ…そういえば。
「ふふふっ、楽しみですね…」
「何がだ…?」
急に笑い出した私に、冨岡さんが
こてんと首をかしげながら聞いて
くる。
「ふふっ、いえ、なんでもありません」
私はにこりと微笑み、先を歩いた。