第7章 Sketch2 --漆黒
ミーシャは自分の部屋にリュカが入ってきた、そのあとの事はよく覚えていなかった。
ただいつか目覚めると思っていたから、彼女はベッドに横たわりじっとその時を待った。
そこは石壁の、見慣れない古い家の中だった。
家具も調度がしつらえられているというよりも、必要なもののみ配置されているという印象だった。
ベッドと小さな鏡台、それに使われる椅子。
ただ出窓は大きく、外の様子を窺い知る事が出来た。
ひと気の無い、森か林の中にある一軒家らしかった。
鳥のさえずりや木擦れの音を聴きながらミーシャは時を過ごした。
度々リュカが彼女の様子を見に来る。
丸一日経っても相変わらず全く手を付けられていない食事に目をやり、ため息をつく。
この家のどこかに備蓄があったのか、ビスケットと何かの肉の塩漬けのようだった。
「少しは食え」
「そんな事、必要無い」
空をぼんやりと見詰めながらミーシャが小さな声で呟く。
「何? 必要って」
「だってこれは夢だから」
いつか覚めて、あれは無かったことになるのだから。
そんなミーシャに、リュカは深追いはしなかった。
「……お前がもし、それで気が済むんなら」
けれど、もしそうじゃなかったら?
あの出来事が現実だったら?
部屋を出て行こうとするリュカが背後のミーシャの気配に気付き振り向いた。
ミーシャがベッドから起き上がり座ってリュカを見ている。
「だって、変なんだもの! お父さんも、お兄ちゃんも、おかしいもの」
「俺が?」
本性を見せるなら早くしなさいよ。
そんな思いで彼女は兄に向かって初めて敵意を露わにした。