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僕と彼女の声帯心理戦争

第1章 【プロローグ】宣戦布告


「歌に彼の存在を織り込んで、ちゃんと居た証拠を遺したんです。私に出来るのはそれしかないので」

たおやかな笑顔が静かに2人に物語っていた。華やかな歌手活動の裏の、素の人間の姿。

「でもこの新世界じゃ、歌を、音楽を聞いてくれるファンの皆がいません。石化してる間に私の魂を、音楽を。
忘れたくない、起きたらまた曲を書くんだ、みんなに聞いてもらうんだ、って頭の中でずっと考えてきた曲達を形にする機械も機会もない。

……もう私には歌すら無いんです。私は死んでゆく人を目の前に何も出来ないまま、無力な自分のままのうのうと息をしていたく無いんです。だからーーー」

その先を聞きたくない。羽京は耳を塞いだ。
ーー死んでもいいんですーー
そう言うだろう唇を、司の手が塞いだ。

「むぐ」
「哀しい事を言ったらいけないよ、葵」
葵が視線を上げると、大きな手とその持ち主である司の何処か寂しげな笑顔が視界に入った。

「君の歌は必要とされるさ。今日の夜ご飯の時にでも歌ってみるといい。その時なら広場に皆が集まっているからね」
「へ…?」

「それと…石像については君の言う通り、今後は壊すのを止めるよ。俺が復活者に選定しなければいいだけだ。
その代わりではないけれど……うん、もう一度、歌を歌ってくれないかい?」
霊長類最強の男が、頼み事をしている。1人の旧世界の、顔のない歌手に。
「はい〜」葵はにぱ〜と笑って返事をした。

(……凄い)

2人が去った後、羽京は引き続き葵の後を少し離れて追っていた。先程の出来事の後、葵は少し離れた場所で発声練習をしている。

その姿を見ながら、羽京は感嘆のため息をついた。今まで自分が成しえなかった、司の石像破壊を止める事を彼女はやってのけた。
それも、彼女自身の武器……「歌」で。誰も傷つける事なく、血を流す事なく。
その事実に感嘆すると共に、まだ何処か耳の奥で彼女の声が先程の歌と共に響いていた。

【死んでゆく人を目の前に何もしないまま、無力な自分のままのうのうと息をしていたく無い】

心を護る外郭を突き破り、内側にあるいちばん脆い所に突き刺さるような言葉だった。
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