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僕と彼女の声帯心理戦争

第1章 【プロローグ】宣戦布告


背中を向け歩きかけた葵を、司の声が止めた。

「待ってくれ。君はもしかして、『Aonn』なのか?」
「知ってるんですか?」きょとんとした顔で振り返る。

「だって君は白黒歌合戦にも出てた筈だ。国内どころか、海外の音楽家ともコラボしている有名なアーティストだ……。ミュージック・ナインで俺がゲスト観客で出演した時にも出演してた筈だ」
「そうだ。司さん居ましたね〜。申し訳ないです、忘れてました」
「いや、それはいいんだ。それに今の曲も…確か清涼飲料水のCM曲だよね?動画サイトでMVが億単位の再生数を記録したっていう……」

葵がへっ?という声を発する。
「そこまで知ってたんですね〜。ファンの方です…?」
「俺は違うんだ、ごめんね。でも旧世界には君のファンが沢山居たよ。むしろ知らない人の方が少ないだろう」穏やかに司が笑いかける。

そうなんですね、ありがとうございますと葵は笑うと、あっ、でもと付け足した。

「そんなに大層な事はしてないですよ〜。さっきの曲も実体験を元に歌詞を書いてますし。私の結婚相手の事を想って書いたんです。
あと、みんなずーっと私を高校生位の女の子だと思って接してるみたいなんですが…。実は大昔に成人済みの既婚者なんですー」
その場に沈黙が降りた。って事は。

さっきの曲は亡くなった人視点だ。旅立ったのは結婚相手で、地球に遺されたのは葵。彼女の相手は、もうーー

「…そうか」司も、流石に深く息を吐いた。一方の葵はたわいもない会話をしたかの様に微笑んでいる。
「酷な事を言わせてしまったね」「いえ、もうずっと昔の話ですし。結婚して1年後に震災で亡くなって。誰かのせいじゃないし、誰かを恨んだりする事も出来なくて…」
「っ……!」

羽京の脳裏に例の震災の映像が呼び起こされる。泥だらけになった街。泣き喚く人の声。必死に救助活動を行う人々。
あの中に、葵の結婚相手も居た?瞬間、強烈な罪悪感を感じた。

自分が殺した訳では無いのは分かる。
それでも思わざるを得ない。
「誰かの大事な人をーー例えば目の前の葵の大事な人を救えたのかもしれない」と。

「私程度の存在が願っても彼は帰って来ないので。だから、歌に全てを込めたんです」
葵の一言が思考から目を覚まさせた。
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