第1章 【プロローグ】宣戦布告
潔い程の正義感。
その存在に打ち震えると共に、何とか彼女を助けなければと思った。
でもここからどうやって?彼女は既に死ぬ覚悟まで決めている。そして司は殺す、と決めれば殺せてしまう人間だ。それは今まで嫌と言うほど見てきた。
どうすれば良い?
時間にすれば数秒。永遠にも感じられた羽京の葛藤の間に、司が口を開いた。
「……君の望みは分かったよ、葵。
でも君は科学力を持たない。武力も持たない。
現状君は『脅威』にはならないんだ。
ーー千空を殺したのは、科学力があったからだよ。彼が、俺の理想郷の脅威である事は明白だったからだ」
「脅威、ですか〜」
葵はしばし俯いた後、ふっと顔を上げ告げた。
「う〜ん。じゃあ私の歌も駄目ですかね〜」
「……歌、かい?」意外なワードに流石の司も面食らった。
「はい〜。私これでも一応、旧世界でシンガーソングライターをしてたんです。顔出しして無いので、分からないかもですが」
「……そうか。君も『既得権益者』だと、そう言いたいのかい?」
「はい〜」
この少女はどう足掻いても殺されたいのだろうか。もはや訳が分からない……これには流石の司もただひたすら困惑した。
それは離れた位置に居る羽京もだった。彼女の歌っている姿など今日に至るまで『聴こえた』事が無い。
出逢った日からずっと彼女の『監視役』として傍で見守ってきた自分の耳が証言する。今のは嘘だろうか。……いや、発言の声の感じからしてもそんな風に聴こえななかったし、彼女に限っては無いと思うが……
2人の逡巡を他所にあ、じゃあと葵がパンと手を打つ。これならどうだと言わんばかりに。
「私の歌を1曲だけ歌っても良いですか?石像さん達に、聞かせたいんです。……多分もう、ここには居られないでしょうから」
そう儚げに笑った。司はああ、この少女は自分がその生命を手折らなくとも、この理想郷を見捨て、立ち去り自ら命を断つつもりなのだと悟った。
「もちろん、いいよ」
それくらいは良い、なんて軽い気持ちで了承した。
ーーその曲が、全てを変えるとも知らずに。
少女の白銀の髪が、光を反射し、風に靡く。羽織ったポンチョがパタパタと揺れる。草木がざわざわと揺れ、それら全ての音が掻き消えた。
少女はそれが合図の様に息を吸った。