第2章 【第1章】前哨戦
「あれはね〜、もしかしたら鶴さんの恩返しかもですね〜〜」
「恩返し……?」
「ふふ、そこを聞いてはいけませんよ?トトっと距離を詰めたかと思うと、ふにっと唇に人差し指を添えられる。
「ん……!?」
「鶴さんが恩返しする時は、ちゃんと見ないフリしましょうね〜?とってもくちばしの長くて鋭い鶴さんかも知れませんからね〜アブナイ鶴さんにうっかりされたら困るでしょう?」ニッコリ笑うと、アブナイ鶴ーーもとい、葵は風の様に去って行った。
「恩返し……か。」
羽京は独り言ちる。
何か恩を感じる様な事をしたとすればーーあの時しか無い。
2週間程前の映像が脳裏に蘇る。
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ガサッ…ガサッ……
誰かが歩いて来る音がする。それについては違和感は特にない。司帝国の人であるなら、ば。
問題はその足音が酷く重ったるく、引き摺る様な足音だった。
意図せずとも僅かな物音全てを拾う羽京の耳は、それら全てを感知していた。
(この足音は恐らく通常の人間では無い。じゃあ動物?……いや、足音からして二足歩行……だから人間。誰か怪我をしてる…?)
その微かな音を頼りに駆けつけると、丁度前方100m北東辺りでドサッ、と人の倒れる音がした。
(まずい!)
急いで駆けつけて驚いた。その人間が服を着ていなかった事だ。司帝国人では無い?
更に季節は1月、当然ながら冬の寒さではぁ…はぁ…と微かな息を零していた。しばらく歩いて来たが、行倒れたという風体で、とても帝国の人間には見えなかった。
(ーー科学王国のスパイ…?)
その可能性も考えた。だが千空達がこんなどう見ても身体中傷だらけの死にかけてる人間を「スパイ」として送り込むのか。そもそもの前提がまず分からなかった。
「…す…け…」
助けて。
か細い声に思考を戻す。うつ伏せに倒れた人物の横顔と、虚ろな目をした少女の顔が目に入った。白銀の髪に、深い海を彷彿とさせる蒼き瞳。白く抜ける肌は人形の様だが、もはや寒さでそれは青白く変色していた。
死にかけている人間が、目の前に居る。
助ける理由はそれだけでいい。
スパイかどうか判断するのは自分ではない。後で司達に任せればいい。
取り敢えず裸は不味いので、自分の来ていた腰巻きを少女の身体に無理やり着せる。自分の方が寒くはなったが、まだ着る服すらない彼女を助ける為だ。司達の元までなら耐えられる。
