第1章 【プロローグ】宣戦布告
おかしい。彼女はーー危険だ。
羽京が弓を引いたままでいると、葵は今度はこてんと右に首を傾げた。
「なんで弓、構えちゃいます?私危害加えてないし、さっきのだって、別に悪いことしてないですよ〜」
「っ……」彼女の言う通りだ。仮に先刻口走った内容が嘘であったとしても、特段司帝国に危害を加えるものではない。寧ろ自分からしたら褒め称えるべき事だ。
ーーなのにこの違和感は、なんだ?
ひとまず、言う通り弓を下ろす。背中の筒に仕舞うと、ザッと目の前にワザと派手に降りてみせた。
「……」無反応。いや、表向きはニコニコとして見せている。これがあさぎりゲンなら「うわー、危ないじゃない羽京ちゃん?」と大袈裟なリアクションでからかったりしてくるだろう。
そう。ゲンならまだ出方のパターンがあるのだ。軽いペラッペラな男。それがあさぎりゲンであり、彼は彼なりのアイデンティティーがあった。彼女にはーーそれが無い。『行動様式』がない。原因はーーそこだ。
「羽京君、考えてる事当てましょうか?」ズズイ、と葵の顔が近くなる。
「【この子の考えてる事が読めない。まるで人形だ】【表情も行動も仕草も声からも、何も分からない】」
「……君はメンタリストか何かかな?葵」「全然〜。ただの歌ったり曲作る人」
「なら何でそんなに…」
「【何でそんなに無感情なのかな】ですか?」
またしても感情を読まれる。なのにこちらからは相手の手札が見えない。
「これ知ってます?学校の試験で、先生が前に立つ時と後ろに立つ時。どっちが効果的に生徒に恐怖心を与えられるか」
「……後ろの方だね」
「ピンポンです〜。パノプティコン……囚人の監視と一緒です。
背後に立つ、即ち対象からは見えない、かつ相手の状態が常に見える理想の状態。それが『背後を取る』事ですな」
唐突過ぎる。この話が何の為にあるのか。羽京は全神経をとがらせ耳をすませる。
「だから背後を取る方が『勝ち』…潜水艦と一緒ですね〜、ソナーマンの西園寺羽京君?」
「……あはは、困るな。君は僕の背後を取ってるのかな?」
「さあ〜。でも私は貴方に気付かれずに動ける。音も聞こえます。『狙って』感情のこもった声も出せます。相手が何を考えてるのかだって見通せるーー
でも貴方は、私の事が読めない。
私の前では、君の船は背後を取られてるも同然なんですよ」
