第8章 不可逆的欠損
夜、よく眠れなくなった。
いつも誰かに見られている気がして。
誰かに、監視されている気がして。
布団から緩慢な動作で体を起こす。
時計を見ると4時半だった。
起きるにはまだ早いが、眠りに戻れる気もしなかったので起きることにした。
日課開始の時間にさえ間に合えばいい。どうせそれまで誰とも会いはしない。
重心ごとふらつきながら、どうにか立ち上がる。あれからもう何日経っただろう。
枕の向かいに置いてある姿見が見えた。
ひどい顔が私を見返した。
くまが濃くなったせいか、目が落ちくぼんでいるように見える。
それに頬の肉が削げていた。
食べる量が減ったからだと思う。
いつもなら痩せたと喜んでいるところだが、もうそんなふうに喜べなくなっていた。
あれからずっと、食事は一人でとっている。
男士たちは誰も食事をとろうとしなかった。
料理や掃除をしようとすると「日課を優先してくれ」と言われ、ろくに家事もしていない。
家事どころか、会話もしていない。
出陣や遠征などの日課をこなすため、最低限の会話をするくらいだ。――日中は。
男士たちは会話を求めていないように見えた。
拒否とまではいかないが、ともかく日課の消化を優先したいようだった。
ゆえに、時間の無駄につながる雑談や、最低限の範囲から逸脱する会話を避けていた。
それだけでなく、どこか、恐れがあるようにも見えた。
どうしてこんなふうに変わってしまったのかは、嫌と言うほど考えた。
考えたけれども、なにもわからないままだった。
コミュニケーションを避けられているのだ。
今彼らが望んでいるのは、仕事のためだけの、最低限の繋がり。
けれどなぜ? 少し前まで、あんなに楽しく、騒がしく、“無駄”なことばかりしていたのに。
目元がぼーっと熱を帯びていく。
胸の奥から、また何かが抜け落ちていく感覚がした。