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【刀剣乱舞】ラプラスの演算子

第3章 特別演練


 前田が目を見開く。

 賭けだった。だが、鶯丸はそれに勝ったらしい。

 そんな考えも束の間、突然前田が胸をぎゅっと掴み、苦しそうに背を丸めた。

「前田っ!?」

 一期一振が血相を変え、前田の足元に飛んでいく。

 何度も呼びかけるが、前田は苦しそうな呼吸を繰り返すだけだ。

 小さな背中も、そこに添えられた一期一振の手もぶるぶる震えている。

 次の瞬間、前田の体からフっと力が抜けた。

 糸が切れた人形のように、その身体を支えていた力の一切が抜け落ちる。

 そのままくずおれそうになり、慌てて一期一振が支えた。

 だらりと垂れ下がる腕は、血色を失ってつくりもののように白い。

「平野、主に連絡してください」

「は、はいっ!」

 平野がバッと駆け出す。厚は不安いっぱいな顔で、前田と一期一振を交互に見やっていた。

「前田は……」

 急な出来事に思考が追い付いていないが、俺のせいだろうか? という考えが鶯丸の脳内でけたたましく鳴っている。

 どう説明したものか。いや、前田は無事なのか、このまま目が覚めなかったらどうすれば――

「よく、こうなってしまうのです」

 絞り出すように、一期一振が言う。

 それは、全く予想外の返答だった。

 一期一振は平静を保とうとしているが、その瞳は「弟を失ってしまうかもしれない」という恐れと不安に今にも飲みこまれそうになっていた。

「鶯丸殿……前田に何を言ったのですか?」

 一期一振は、前田を見つめたままそう言った。

 その口調は、責めるようなものではなかった。むしろ、逆にすら感じた。

 彼は、”原因”を求めているのだ。

 前田の不調の原因がわからないゆえに。

「…………」

 鶯丸が答えあぐねていると、やがて平野がパタパタと戻ってきた。彼らの本丸に戻る準備が整ったらしい。

 一期一振は前田を抱き上げ、「失礼する」と目礼して背を向けた。

 背中が遠ざかっていく。鶴丸たちも前田のそばにかけより、心配そうに前田の顔を覗きこんでいた。

 仮想空間から現実へ戻るゲートがひらき、彼らの姿が次々見えなくなっていく。

 鶯丸は、ただそれを見送ることしかできなかった。
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