第2章 みんなのいない朝
「あるじさま、こんなよふけにどこへいくんですか?」
「っ!?」
振り向く肩がびくりと跳ねる。
なんの気配もなかった。
風の音しかしなかった。
なのに、赤い瞳を夜闇に閃かせ、私を射抜くように見つめる今剣が、そこにいた。
今剣は、無表情で棒立ちになりながら、私の服の裾を握っていた。
操り人形が口元と手だけを動かされたかのようだ。
声は無邪気でふしぎそうなのに、瞳はどこまでも強く私を捉えている。
そんな様子がひどく不気味で、知らないもののように思えて、恐怖がゆっくり背中をなぞった。
「私を……私たちを置いて、どこへ行くつもりですか?」
また違う方向から声が聞こえた。
いつの間に廊下にいたのか、一期一振だった。
責めるような声音は、普段の彼と比べるとどこか幼く感じた。
頼もしい兄というよりは、迷子の子どものようだ。
彼も、今剣と同じく表情はなく、黄金の瞳はただただ昏い。
その奥底にはどうしようもない、怒りのような懇願のような感情が渦巻いていた。
「君は俺の主だろ」
そう言って不自然に唇の端を吊り上げる彼も、背後から衣擦れの音もなく現われた。
目が全く笑っていないのに、口元だけが笑うように弧を描いている。
いつもの鶴丸とは似ても似つかない誰かが、そこにいた。
彼はいつものように、親しい仲間にするような無遠慮さで肩を組んできた。
至近距離で覗きこんでくる眼光は鋭く、直視などできない。