第1章 主が消えた夜
「鶯丸、どうかしましたか?」
加州に押されて歩く足をとめ、彼が尋ねてきた。
その顔は不安そうに曇っている。
立ちすくむ鶯丸になにかあったのではないかと、心から心配する表情だ。
「……あ、いや……なんでもない」
ただ、そう返すのが精いっぱいだった。
混乱して、うまく思考することができない。
これはなんだ。俺は夢でも見ているのか。
やがて燭台切や薬研もやって来た。
加州と同じように、とても親しげな様子で“彼”に「おかえり」を言っている。
内番をしていた脇差や、いつの間に遠征から帰っていた短刀たちもやって来た。
わっと彼に群がり、口々に「おかえりなさい」と言っている。
彼らにとってこの男が主であることは、もうどうしたって疑いようもない光景として、鶯丸の瞳に焼きつけられた。
そうしてやっと、理解させられる。
彼女の存在が消えた。
この、本丸から。