第69章 私は…
翌日午前、煉獄家。
客間には険しい表情の泰葉と智幸、花枝。
向かいには目を閉じたままの槇寿郎。
ハラハラと落ち着かない千寿郎。
真っ直ぐ前を見据えた杏寿郎が座っている。
しん…とピリついた空気が部屋を満たしていた。
「本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。」
まず口を開いたのは泰葉だった。
三つ指をついて深々と頭を下げて、早速に本題へと入った。
「今回、私は皆様に嘘をつきました。
多大なる心配をしてくださったのにも関わらず、友の頼みとはいえ、働く女性が狙われていると知りながら、店へと立ちました。」
畳の目を見つめながら話す泰葉。
とてもじゃ無いが前を見て話す勇気が出なかった。
「終いにはこの様な事態を招き、他の男達に好きなように触られてしまった身体。
これでは煉獄家の嫁にはふさわしくありません。」
次の言葉を言ったら終わる。
しかし、それを拒絶するかのように全身が震えた。
だめ、落ち着いて。
これが一番良いに決まっているのだから。
「今回の…婚約…また、恋仲である関係を…」
だめ、言うのよ。
泣いちゃ…だめ。
「解消させて…いただきたいと…思います。」
言った。
言ってしまった…。
畳についた指先が、ぽたぽたと落ちる雫で濡れる。
智「大変…申し訳ありません。」
智幸と花枝も、頭を下げる。
槇寿郎はまだ目を閉じたまま。
杏寿郎も何も言わず、表情も変えず前を見ている。
千「そ、そんな…えっ……。」
千寿郎は狼狽え、泰葉を見、杏寿郎達を見と首を忙しなく動かしている。
『・・・・・。』
千(なぜ⁉︎何故誰も何も言わないんです?
兄上、それで良いのですか⁉︎)
だが主も兄も何も言わない以上、千寿郎が口を挟むわけにもいかない。
智「……では、私たちはこれで失礼いたします。
解消のお詫びとしての金額はまた文を出します故、ご無礼をお許しください。」
3人は、改めて頭を下げると泰葉は誰の顔も見ずに立ち上がり、部屋を出ていった。