第66章 消失
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土曜の夜。
泰葉は魘されていた。
眠っているのに酷く頭が痛む。
目を開けたいのに開けられなかった。
瞑った瞼の下に広がるのは靄(もや)のかかった世界。
これは、以前見たことのある光景だ。
「お母さん、お父さん…いるの?」
泰葉は心の中で呼びかけた。
しかし、声は返ってこない。
違う夢なのだろうか…。
そう思っていると、急に靄が晴れて桜並木…西ノ宮家の桜が広がる。
「ここは…」
そよそよとした優しい風が頬を撫でる。
綺麗な桜だ。
するとその時、突風が吹きつけ桜がぶわっと舞い上がる。
泰葉はあまりの風の強さに両腕で身を守った。
しばらく強い風が吹いて、しん…と静かになった頃には桜の木にあった花は1つもなく、裸になった木々が並んだだけとなった。
「えっ…」
これはどういうことだろうか…。
戸惑っていると、急に視界が歪む。
そしてまた視界が戻ると、泰葉は本当の両親に抱きしめられていた。
「お父さん、お母さん…」
『泰葉、ありがとう。』
『ありがとう』
両親はそれしか言わなかった。
でも、優しい笑顔で泰葉の背中を、頭を撫でる。
「うん…、ありがとう…」
泰葉の目からは涙が自然と溢れていた。
……さん
…泰葉…
杏「泰葉!!」
「…っ!!」
杏寿郎の呼ぶ声で目を覚ます。
泰葉の髪は涙でひどく濡れていた。
杏寿郎は優しく泰葉を抱きしめる。
泰葉もその背に腕を回した。
杏「…大丈夫か?」
「…うん。」
杏「悪夢でも見たのか?」
「…西ノ宮家の桜が散った夢を…。」
杏「あの桜がか…?」
泰葉はコクンと頷いた。