第64章 焦りと余裕
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泰葉が自室で紅をさす。
着物に合わせた淡い色合いの唇が、僅かに弧を描く。
鏡に映るその姿は、惚れ惚れするほどに色っぽい。
少しだけ伸びかけた髪にはほんのり香る果実の香がつけられた。
厚化粧などすることなく、薄づきの化粧を施しただけでも
男達は何度も振り返り、声をかけようとするだろう。
なんと言っても、鏡越しに少し照れたように笑う
その笑顔こそが、君の最大の魅力なのだから。
杏「そこまでめかしこむことも…ないんじゃないか?」
「ふふ、ヤキモチ?」
杏寿郎は自分でも分かっている。
今、怖いくらいに嫉妬している。
杏「君、知っているのにそう聞くのは、些か意地が悪いな…。」
めかし込んだ泰葉の隣を歩くのは、
杏寿郎ではない。
それは身に纏う撫子色に桜文柄の可愛らしい着物が物語っていた。
「いくら他の男性と歩くと言っても…」
「貴方の弟の千寿郎くんですよ。」
そう。
今日は泰葉の隣を千寿郎が歩く。