第8章 金魚
約束の日の朝、
泰葉は家事を済ませ、身支度をした。
こうして、人と待ち合わせをする事も久しぶりである。
友人や、恋仲ではなく、一家との待ち合わせであるが、どことなくソワソワするものだ。
着物を仕立ててもらえるという事だったので、寸法に邪魔にならない様に、髪は低めに団子を作り簪でとめた。
せっかく人に会う予定だ。
化粧もいつもよりめかし込んだ。
紅梅色の着物に合う紅を刺す。
支度を終えて家を出ると、隣の奥さんが玄関掃除をしていた。
「あら、泰葉ちゃん、今日はお出かけかい?
そんなに綺麗になっちゃって。」
「ふふ、ありがとうございます。
はい、ちょっと約束があるんです。」
泰葉がニコッとすると、奥さんはニヤニヤした。
「泰葉ちゃんにも、いい人ができたのね。
いつか、私にも紹介してちょうだいね。」
悪戯っぽく言う奥さんに、そんなんじゃないですよ〜と言いながら、会釈をして街へと向かった。
街に着くと、相変わらず人がすごい。
泰葉は、以前揉め事があった店の向かいである呉服屋に向かっている。
少々めかし込んだ泰葉は、なかなか目立っている様だ。
( あぁ、ちょっと気合が入りすぎて、痛いと思われているのかしら。)
男「ちょっとすみません。団子屋はどこですか?」
1人の男が団子屋を聞いてきた。
この道には残念ながら団子屋はない。
「お団子屋さんは、この先の道を…」
泰葉は指をさしながら道を教える。
すると、男は泰葉の指差す手をパシッと掴んだ。
「あ、あの…?」
男「すみません、団子屋の道は嘘です!
その、俺…貴女が…」
顔を赤くして喋る男を見ながら、戸惑う泰葉。
男「俺、俺と、蕎麦屋に行ってください!」
「…あの、まだ昼前ですよ?」
男「時間など関係ありません!一度でいいのです!」
「まだお腹空いてませんし…」
純粋に蕎麦を食べに行こうと言われていると思っている泰葉は、
なんとか断ろうとした。
そこに
「うちの娘に用かな?」
泰葉の後ろから声がする。
振り返ると、槇寿郎がいた。
ギッと男を睨む。
それだけで、男は尻込んでしまい逃げて行った。