第58章 逢瀬
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杏「初めてあのような場所に入ったが、楽しかったな!」
「楽しかったけど…心臓が持たないわ…。」
あれからも、甘い言葉を囁かれ湯にも入っていないのに逆上せそうになったのだ。
それはあの場にいたウェイトレスや、周囲のカップル達も同じ。
男性は杏寿郎よりも甘い言葉を彼女に囁かなくてはならず、大変だった。
そして、今は杏寿郎と泰葉はパーラーを出て街を歩く。
杏「ところで、その髪飾りは付けられるようになったのか?」
杏寿郎は、会った時から気になっていた飾りについて問う。
「あ、これね。そう、咲子さんが手直ししてくれたの。それも、私たちが眠った後…。
可愛い娘のためなら1日くらい寝不足でも大丈夫って。」
目を細めて嬉しそうな泰葉。
杏「…そうか。」
「杏寿郎さんにもらって、咲子さんの想いも込められて…。
ますます大切なものになったわ。」
本当は、また新しい髪飾りでも…と思っていた。
しかし、この泰葉の様子を見ている分に、それは野暮だ。
杏「うむ!それほど大切にして貰えると、贈った甲斐があるな!」
「うん、本当にありがとう。」
杏「本当に、何度見ても似合っている。それを選ぶ時、他にも綺麗なものは沢山あったんだ。しかし、それを見た瞬間、これしかないと思った。」
杏「その飾りは泰葉さんのためにあるようだな。」
そう言って、杏寿郎が丸い泰葉の後頭部を撫でる。
ふと笑う目は大切なものを愛でるような、優しい目をしていた。
「…もう、いつになく甘いことばっかり言うもんだから、私煉獄家に着くまでに虫歯になりそう!」
泰葉は両頬を手で押さえて、少しだけ睨む。
もちろん、これが照れ隠しというのは杏寿郎にはお見通し。
そして、これも狙い通り。
沢山の愛を囁き、泰葉がますます自分に夢中になってもらいたい!
そう思っていた。
そんな心配はいらないのだが。
しかし、この予防線が大いに有効となる時が来るのは、今は2人は思ってもいない。