第57章 大輪菊
槇「2人が作ってくれるのも美味いが、たまには買ってくるのも良いな。何より、2人が少し休めるだろう。」
茶を啜りながら槇寿郎が言った。
毎日朝早くから3食を用意してくれる千寿郎と泰葉を、そんなふうに思ってくれていたとは。
それを知るだけで心が温かくなる。
「お心遣いありがとうございます。私は作るのが好きなので、苦にはなりませんが…たまには他の方の作るものも勉強になりますね。」
千「自分では出せない味もありますしね!美味しかったです!」
弁当の空き箱を纏めながら、そんなことを話していると、千寿郎がふと席を外した。
しばらくして戻ってくると、少し小さめの木箱を持ってきた。
千「あの、少し季節は終わってしまったのですが…。」
そう言いながら、ぱかっと木箱を開ける。
何が入っているのかと覗き込むと、そこには透明なガラスの風鈴。
千寿郎が吊るし糸を持ち、箱から出す。
透明なガラスに青と水色で桔梗の花が描かれている。
とても、涼しげなものだった。
「この風鈴は…?」
槇「これは、瑠火の部屋の縁側に吊るしていた風鈴だ。
結婚した年の夏に俺が買ってきた…。毎年夏になると飾っていたのだが…。」
杏「母が亡くなってから、飾るのをしなかったんだ。
…それどころではなかった…というところか。」
…それは、心が。
ということだろう。
千寿郎が居間の窓辺に吊るす。
夏風とは違う少し冷たくなった秋風が舌(ぜつ)を揺らす。
——からん…ちりん…
当たる場所によって少し音色を変えながら、涼しげな音を奏でる。
「あ…この音…」
杏「どうかしたか?」
泰葉の様子に首を傾げる杏寿郎。
「私、お墓の前で…この音を聞きました。」
泰葉の発言に目を丸くする3人。
杏「よもや、泰葉さんにも聞こえていたか…。」
「え?杏寿郎さんも?」
槇「杏寿郎だけではない、俺もだ。」
千「僕もです…近くに風鈴なんて…と思っていたのですが。」
4人は顔を見合わせて、そっと微笑んだ。
槇「本当に瑠火が話しかけてくれていた。
…来年からは、また飾るとしよう。」
———ちりん…
風鈴も嬉しそうに音を奏でた。