第38章 君の代わりなんて誰ひとり
「いくらお前の頼みでも聞けん」
「お願いします」
零夜は頭を下げる。まさか自分の為にそんなことをするとは思ってなかったのか、カノトは大きく目を見開かせ、驚いた。
「(あの人が頭を下げてる…。私を守る気も庇う気もなかった人なのに…私の為におじい様を説得してくれようとしてる。)」
「はあぁぁ〜……」
頭を下げる零夜を見て、尚登が困った様子で後頭部に手を遣り、深く溜息を吐いた。
「わかったわかった!!もう良い!!」
「!!」
「自分の息子にそこまでされたらこれ以上は何も言えんだろう。婚姻届を破り捨てるなり焼き捨てるなりすれば良い!」
全てがどうでもよくなった尚登はヤケクソになって言葉を強めて言った。下げていた頭を上げた零夜は婚姻届を真っ二つに破り捨てる。
「あぁーッ!?婚姻届が…!!」
ハラハラと無残に散っていく紙くずを見て、ショックを受けた悠生はその場に座り込む。
「俺と彼女の愛の証が!!あぁ!!何で…!!これじゃあ彼女は幸せになれない!!俺がずっと傍にいてあげないとダメなのに…!!!」
「(本当気持ち悪い。)」
「行きなさい」
「え?」
「後は此方で片付けておく。お前はその男と一緒に何処へなりとも勝手に行けばいい」
「……………」
視線を合わせないまま、零夜は言う。その姿をじっと見つめていると、スッと手を差し伸べられる。
「オマエをここから攫っていい?」
「はい!」
記憶の中と同じ。大好きな人の大好きな笑顔。今度は拒絶せず、温かなこの手を迷わず取った。もう離れないようにしっかり繋がれた手。マイキーと一緒に応接間を出ようとするカノトの足が止まる。
「カノ?」
「(お母さん、もしかしたらこの人は少し愛の向け方が不器用なだけなのかな。私と兄さんにどう接していいのか分からないだけなのかな。本当は私達のことを…)」
カノトは背を向けている零夜を見る。そして去り際に一言、言葉を贈った。
「ありがとう」
「!」
その言葉に目を見開いて驚く零夜。今まで散々辛い思いをさせてきた。嫌われていると思ってた。だからこそ、自分の娘から感謝の気持ちを伝えられるとは思わなかった。
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