第38章 君の代わりなんて誰ひとり
「何故そんな真似をした」
「…申し訳ありません」
「お前、儂を騙したのか?」
「……………」
「何とか言ってみろ」
「有咲が…妻が最期に言ったんです」
「有咲だと?あの娘がお前に何を言ったと言うのだ?」
「"あの子には──……"」
『あの子には幸せになってもらいたい。でもあの子が望まない幸せはあげてはダメ。あの子が心の底から本当に幸せになりたいって顔で笑ったら、それがあの子の幸せ。だからその時は祝福してあげてくださいね。』
「(お母さんがそんなことを…?)」
生まれつき体の弱かった有咲。カノトがまだ子供だった頃に病気に勝てず、この世を去った。だが最期の瞬間まで、有咲は誰よりも娘の幸せを願っていたのだ。
「彼には笑顔の一つも見せなかった心叶が…その男と一緒にいる時は心の底から幸せそうに笑うんです。私はそれがその子の幸せだと思いました」
「吾妻君ではそれを引き出せんと言うのか」
「…分かりません。ですがその子は何度も口にしたんです。"彼とは結婚しない"と。だから彼と婚約する事はその子が望まない幸せなんだと思います」
「……………」
「佐野万次郎…だったか」
「!」
「お前は娘を幸せにしてくれる男なのか」
「"幸せにしてくれる男"じゃなくて、"ぜってー幸せにする男"なんだよ」
零夜は短く一言"そうか…"と呟いた後、カノトを見る。
「心叶」
「はい…」
「先程お前は言ったな。そいつがいてくれるからこの先何があっても怖くないと。そいつがいれば幸せだと。その言葉に後悔はないか」
「ない」
ハッキリと断言した。
「やっと見つけた幸せなの。私はマイキーくんがいい。彼の傍にいたい。それに後悔するくらいなら初めからマイキーくんと一緒に生きたいとは思わないよ。だからお願い、私の幸せを壊さないで。」
零夜を真っ直ぐ見つめ、切なげに呟く。
「零夜、婚姻届を寄越せ。今から儂が役所に行って受理して貰う。もうお前には任せられん」
「父さん」
「!!」
「吾妻悠生との婚約を白紙に戻して下さい。娘の幸せは彼のところにはありません。本当のあの子の居場所はあの男のところです」
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