第36章 気付けない狂気に支配されて
「あの子は…」
「はい?」
「……………」
「(え、そこで黙っちゃう?)」
何かを言いかけようとして零夜は言葉を止めた。冷ややかな瞳は不自然と横に逸らされ、それっきり口を閉ざしてしまう。
「あの…彼女とはどういったご関係で?」
「父親だ」
「(父親!?この人が!?)」
「まぁ…向こうはそう思っていないが。一応、親子としての血の繋がりはある」
「(あのじいさんの世話役だと思ってた。ニコリとも笑わないし、無愛想だし、目はどこか冷たいし、正直苦手だなって思ったけど…カノトの父親だったのか。)」
改めて観察すると確かにどこかカノトに似ている気がしないでもない。それでも悠生は零夜とカノトが実の親子であることに驚きを隠せなかった。
「君は…あの子が好きなのか?」
「もちろんです」
悠生は迷わず即答する。
「俺は誰より彼女を幸せにする自信があるし、誰にも傷付けさせないように俺が守ります。この先もずっと、俺が彼女の支えになります」
「……………」
「アイツ…佐野万次郎という男は彼女を傷付けるだけの存在です。彼女はあの男に騙されてる。言葉巧みに彼女の気を引いて、誰の目にも触れられない場所に閉じ込めようとしてる危険な奴です」
マイキーの悪い噂を流す悠生。
「だから俺があの男から彼女を救ってあげます。このままアイツの傍にいたら彼女はきっと幸せになれない。傷付いて泣くだけです。俺ならそんな思いはさせません。あの男を信じて付いて行ったら絶対に後悔しますよ」
「……………」
「彼女にはいつも笑っていてほしいんです。悲しい顔や傷付いた顔は見たくない。だから俺がたくさん幸せにしてあげたいんです」
高揚感が強まり、恍惚とした表情を浮かべる悠生。彼の饒舌さに大して返事を返さず、静かに目を瞑る。
「これから彼女を此処に呼ぶんですか?」
「尚登様が電話を掛けに行ったということは、あの子は必ずここに戻ってくる。そのまま君と会わせるつもりだろう」
「そうか…やっと本来の姿の彼女に会えるんだ」
悠生はうっとりした目で写真に写るカノトに笑いかける。その様子を零夜は冷たい眼差しでじっと見つめていた。
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