第36章 気付けない狂気に支配されて
「ちなみに…彼女が結婚を断れない理由ならありますよ」
「!」
漸く落ち着いた悠生は尚登を見てニコリと意味ありげに笑う。
「彼女、恋人がいるんです」
「何?恋人だと?…前に来た時は想い人などおらんと言っていたぞ?」
「きっとその恋人を守りたくて嘘を付いたんだと思います。なにせ彼女はその恋人にゾッコンですから」
「どんな男だ?」
「名前は佐野万次郎。他校に通う不良です。しかもそいつがとんでもないワルでしてね?有名な暴走族の総長をしている男なんですよ」
「暴走族の総長だと…?」
明らかに尚登の表情が豹変した。張り付けた笑みは一瞬にして消え去り、"不良"や"暴走族"と聞いただけで尚登の眉間が不快そうにグッと寄り、険しい表情で鋭い眼光を宿す。
「心叶はそんなクズと付き合っているのか?」
「クズだと侮っていると後悔しますよ。ただの不良じゃないんです。小柄ながらに喧嘩の強さは天下一品。"無敵のマイキー"の異名で恐れられているんです」
「何故君はそこまで詳しく知ってる?」
「人伝に聞いただけです。だから彼女をあの男の傍に置いといたら危険です。手遅れになる前に一刻も早く、あの男から引き離さないと…!」
芝居じみた悠生の演技に尚登は何かを考えるように黙り込む。そして零夜を見る。
「お前は知っていたか?」
「いえ、初耳です」
「あの子も変わってしまったな。付き合っているのが不良らしい。実に不愉快極まりない。反吐が出る。やはりあの子だけは家を出て行かせるべきじゃなかったな」
「……………」
「これは…一から躾直す必要があるな。零夜、儂は心叶に電話を一本入れてくる。客人の相手を頼むぞ」
そう言って尚登は不機嫌そうに部屋を出た。残された二人の間に静けさが漂う。零夜はじっと畳を見つめたまま動かない。悠生は居心地の悪さを感じ、ぎこちない顔で話しかけた。
「あの…ずっと黙ってますけど…もしかして俺のこと歓迎してくれてなかったりします…?」
冷ややかな瞳を悠生に向けた零夜は少しの間を空け、静かに口を開いた。
「どちらでもない」
「あ、そうですか…」
冷たく返され、悠生は心の距離を感じた。
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