第36章 気付けない狂気に支配されて
「おお!吾妻君!良く来てくれたな!」
「…どうも」
「まぁこっちに来て座ってくれ!」
尚登が人当たりの良さそうな顔を見せた途端、部屋の"ピリついた冷たい空気"は多少和らいだが、それでも悠生の中に残る違和感は消えなかった。
「("居心地が悪い"。)」
素直な感想が心の中で呟かれる。尚登はどこか張り付けた笑みでにんまりと笑い、少し離れた場所では冷淡な眼差しを向けた零夜が相変わらず無表情で正座していた。
「ここまで迷わなかったか?」
「はい」
「それは良かった。周りとは雰囲気が違うからすぐに分かっただろう?」
「"和"って感じが家全体に滲み出てて、すぐに分かりました。それにしても凄い家ですね」
「ん?そうか?」
「昔ながらの家って気がして、少し落ち着かないというか…別世界に迷い込んだ感じがします」
「わはは、そうかそうか。今の時代、日本家屋がある家は珍しいのかも知れんな。逆にそれが良くて儂は気に入っているんだ」
和服姿で胡座を掻き、太腿に肘を乗せながら尚登は笑って言う。
「それより昨日知り合ったばかりなのに突然呼び出してすまんな。迷惑ではなかったか?」
「全然。今日は予定も無いので。」
「それならゆっくり話ができそうだ」
尚登はニコッと笑みを浮かべる。零夜は尚登が見せた何かを企むような笑顔に気付いていたが口は挟まず、敢えて沈黙を貫いた。
「実はな吾妻君、君に折り入って相談があるんだ」
「相談…ですか?」
「相談と言うより頼み事だな」
「それは…お孫さんの話し相手の件ですか?」
「いや…あれは君の警戒を解く為の嘘だ。本当の目的は別にあったのだよ」
「は?嘘?」
「君は恋人はいないと言ったな?」
「言いましたけど…」
再確認の為にもう一度聞くと変わらない答えが返ってくる。悠生の口からハッキリと"いない"と聞いた途端、尚登は口角を上げ、ニヤリと深い笑みを浮かべた。
「今日君を此処に呼んだのは、是非ともうちの孫娘と結婚してもらいたいからだ」
「……は?」
突然尚登から聞かされた言葉に悠生は呆気に取られ、ぽかんと間抜けな表情を浮かべた。
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