第32章 好きな人の初恋の人
うんざりした顔で毒づかれ、カノトは引き攣った顔で苦笑する。
「あの…良ければ道を教えて頂けませんか?それを頼りに向かうので」
「…どこに行きたいの?」
「え?」
「行く所があるんでしょ。また迷子にでもなられても困るし、仕方ないから案内してあげる」
「!あ、ありがとうございます…!」
「お礼はいいから。どこに行きたいの?」
「武蔵野神社に」
「!武蔵野神社…?」
「はい」
神社の名前を出した瞬間、少女の顔つきが変わった。驚いた表情を浮かべている。
「……………」
「あの…場所、分かりますか?」
「ええ、知ってるわ。アタシも昔は良くその神社に行ってたから」
「そうなんですね」
「ほら、行くわよ。はぐれたりしたら置いて行くから」
「は、はい…!」
先に歩き始めた少女の後をカノトは必死に追いかけた。
「あの…一つ聞いてもいいですか?」
「何」
「お名前、教えてください」
「どうして」
「うーん…どうしてと聞かれると理由に困るんですけど…せっかく助けて頂いたのに名前を聞けなかったので」
「別に知らなくていい。どうせ着いたら別れて、もう会うこともないだろうから」
「ではご縁を大切にしたいです」
「ご縁?」
「こうして二回も会えたのは何かの縁だと思うんです。偶然かも知れないですけど…貴女と出会えた事になにか意味がありそうなんです」
少女は横に並ぶカノトをチラリと見ながら何かを探っている様子にも見える。
「何も意味なんてない。アンタと出会ったのはただの偶然。それとも神様が引き合わせたとでも言うの?」
「それは分からないですけど…でも僕は必然的に貴女に会えたと思ってます。この運命的な出会いにきっと意味があるはずです」
「……………」
少女は何も言わず、目線を前に戻す。
「……海凪」
「え?」
「アタシの名前、"碓氷海凪"って言うの」
名前を教えて貰うとカノトは嬉しそうに顔を綻ばせた。
「とても素敵な名前ですね」
「別に」
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