第31章 思い出は黒く塗り潰される
目を閉じると思い出すのは子供の頃の辛い記憶だった。
『…熱がある?吐いて気持ち悪いだと?…だからどうした?またそうやって自分に甘えて弱音を吐くのか?お前には既に失望しているんだ。少しは気持ち悪さを堪えて、父親の期待を取り戻そうという努力はないのか?』
『貴女は宮村家の誇りなんです。何故この家の為に生きようとしないのですか。貴女はお兄様と一緒に宮村家を守っていくという責務があるのですよ。体調を崩されたくらいで甘えられては困ります』
『頑張る事への努力をしないで、弱音ばかり吐くからいつまで経ってもアンタは父親に認められないのよ。それに比べて望様は"出来の悪い妹"と違って優秀だわ。だから皆、すぐ諦めるアンタじゃなくて、兄の方に期待するのよ』
『どうして旦那様の期待に応えないの。お嬢様の勉強不足で世間様から恥を掻く事になるのは旦那様なのよ?お嬢様のような人は宮村家に相応しくないわ。だから、いっそのこともう───いなくなってしまえばいいのにね?』
「…………っ」
その忌まわしい記憶をかき消すように両手で耳を塞ぎ、キツく目を閉じて、体を丸める。
「(うるさい!うるさいうるさい…っ)」
仕来りや規則を大事にする宮村家の人間として生まれたカノトは子供ながらに必死に努力したが、結局、父親の期待に応えることは出来ず、失望させてしまった。
「(どうして私の努力を否定するの。必要な事は全部頭に叩き込んだ。気を失うまで勉強した事もあった。それなのに…"あの人"は私の頑張りを認めてくれない。)」
専属の家庭教師や宮村家で働く使用人達でさえ、最初は必死に父親の期待に応えようとするカノトを応援していたが、次第にその出来の悪さに失望し、可愛がってくれていた態度を豹変させた。
「(兄さんはみんなの期待に応えられて、私はみんなの期待を裏切ってばかり。あの人は期待だけを欲しがって、私自身を決して見ようとはしなかった。)」
あの家では誰もが冷ややかな眼差しを向け、宮村家と繋がりのある人達はカノトに会う度にその努力を嘲笑い、彼女から"頑張る"という自信を奪っていった。
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