第53章 貴方を助けるために
「(また…約束を破るの?だって今回は覚えてるのに。記憶を失くした時とは違う。全部覚えてるのに…彼は私を手放した。)」
綺麗な紫色の瞳が悲しい色を宿して揺れる。
「(幸せにするって言ったのに…未来で待ってろって…言ってくれたじゃないですか。どうして一緒にいてくれないの…っ)」
悲しさやら苛立ちやらで感情がぐちゃぐちゃになり、じわりと涙が滲んだ。
◇◆◇
数日が経ったある日、仕事が休みで特に外に出る用事もなかったカノは部屋でココアを飲みながらボーッとしていた。
「甘くない…」
思ったよりココアの甘さが足りず、飲む気にもなれなくて残してしまう。
「ココア嫌いになりそう…」
そう小さく呟いて、机に両腕を交差して置き、そこに顔を埋める。
「(会いたい…どこにいるの、万次郎くん。貴方がいないと寂しいよ。早く抱きしめて。たくさんキスもして。万次郎くんに会いたくてたまらないよ。)」
マイキーのことを考えると泣きそうになり、顔を上げれば、プリザーブドフラワーが視界に入る。
「これくれた時すごく嬉しかったな。万次郎くんが私の為に一生懸命作ってくれて…万次郎くんも嬉しそうに笑って…」
『オレにはもうオマエは必要ない』
「……………」
あの時の万次郎くんの顔…
どんな顔してたっけ?
『もうオレのことは忘れて生きろ』
『オマエが傍にいなくてもひとりで大丈夫だから』
『どうか幸せになってくれ』
「(無理して笑ってる顔だった。声だって、どこか寂しげで…ああ、そうか。)」
そこで漸く理解した。どうしてマイキーが自分のことを突き放したのか、その"答え"がやっと分かった。
「万次郎くん…君は私と一緒になる未来を犠牲にしてまで、私の幸せを守ろうとしてくれたんだね」
彼は昔からそういう人だった。誰よりも私の幸せを願い、私が傷つかないようにずっと守ってくれていた。
「ごめんね万次郎くん」
『12年後のオレに近寄るな』
「その約束、守れそうにない…」
先程までの沈んだ表情は消え、しっかりとした顔つきで立ち上がる。
「行かなきゃ」
カノはそう呟き、部屋を出た。
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