第1章 出会い
「みこと ゆうなぎでございます。このたび、ごえんをいただきまして、ごじょうけにおせわになりま――」
自己紹介を幼稚園の発表会みたいに暗記して、座って行うお辞儀のやり方を30回くらい練習して緊張しながらその場にのぞんだのに、悟くんはまるで挨拶を聞いていない様子だった。
「ゆうなぎ、来いよ」
挨拶が終わるやいなや悟くんはいきなり手を引っ張って畳の部屋からあたしを連れ出す。
「あそこの池まで競走な! よーいドン」
勝手に言い出して勝手に走り出す。
「え? ちょっと待ってよ」
あたしの声なんて届かないくらい、既に遠いところに悟くんがいる。速い。
命令出されてもあたしは"あそこの池"がどの池なのかわからない。悟くんのいる方向にとりあえず走り出す。着いた! と思ったら悟くんが消えた。
「おっせーよ。とろっ!」
後ろから声が聞こえてポンっと背中を押される。
「きゃっ、きゃ! やああぁ」
次の瞬間、あたしは池に落とされていた。浅いから溺れる事はないけど水が冷たい。ずぶ濡れ……。
「くくっ、蛙、好きだろ!? 死ぬほどそこにいるから遊んどけ」
ポケットに手を突っ込んで悟くんは振り返りもせず立ち去る。
「おかあさまぁー! 誰かぁあ!」
あたしはここに来ていきなり大声を上げた。大声を上げてはいけないと最初に注意を受けていたのに大声だけでなく泣き声まで上げてしまった。
池から救い出されて、事情を話すと周りの大人たちはやれやれといった顔を見せる。
きっとこの手のことは日常茶飯事なのだろう。悟くんは怒られていたみたいだけど、まるで気にしてない様子だった。
小さい時は毎日何かしら悟くんにいじめられていた。
言い出したらキリがないのだが、スカートめくられたり、おやつ隠されたり、お絵描きしてたらクレヨンでぐちゃぐちゃに塗りつぶされて、俺の戦いの相手しろって無理矢理連れ出されたり。
戦いごっこ? すると、弱いだのカメだの言うからムカついて、さとるじゃなくさるだお前は! サル以下だ! ってののしりあって。
折り紙とかビーズとかで遊ぶのが楽しい年頃になると、悟くんは、女ってつまんねーなって言って、これまたぐっちゃぐちゃにされた。