第14章 過去
「ほんとはずっと、指輪、欲しかったんだろ?」
「え?」
「たまに、ショーウィンドウ見てたじゃん」
周りに聞こえない程度の小さなささやきであたしに言う。
悟くんと付き合ってる時に、指輪をプレゼントして欲しいと彼に言ったことは、一度もない。
単純に、呪霊を祓う際に、指輪は術式で傷つくからっていうのはあったけど、それは付け外しをこまめにすれば済む話。
一番の理由は、悟くんには婚約者がいるのに、あたしが、彼から指輪をもらい、それを薬指に付けるのは、いくら何でも図々しいって思ったから。
それに、悟くんが遺言の相手と婚約して、別れが訪れた時、その指輪をはずす瞬間を想像したら、あまりに悲しくて、苦しくて、それで指輪を求めようとはしなかった。
だから、今、この薬指に、指輪がはめられているのは言葉では言い表せない喜びがあって、あたしの心は震えてる。
悟くんが付き合ってる時、そんな風にあたしの事をよく見てくれてたことにも感激してる。
胸の奥からこみあげてくるもので、目が潤んできたその時、激しい豪快な泣き声が広間に近づいてきた。
宝の声だ。こりゃあたしが泣いてる場合じゃない。
実は婚約の儀の前から、宝の虫の居所が悪かった。長老が抱っこして、何とかなだめてくれてたみたいだけど、年老いたおじいちゃんの抱っこでは気に入らないのか、宝がバチバチ長老の顔をはたいて、泣き喚いてる。
見た目はチビ悟って感じ。ますます似てきた。長老は紅葉饅頭みたいなお手手の往復ビンタをくらって、顔が真っ赤っかだ。
悟くんが慌てて宝を迎えに行った。生後5ヶ月。息子は順調すぎるほど順調にサトル化してる。
そんな息子をパパがひょいと片手で抱っこすると、見晴らしがいいのか、宝はご機嫌になった。