第14章 過去
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『五条家を継ぐ当主は歴代、遺言により婚約者が決まっており、20歳になった年に、婚約の儀を行う』
初めて耳にしたのは、小学校高学年の時だったかな。
2010年3月末 大安吉日。
五条家にて婚約の儀が執り行われた。歴代当主の遺影が壇上に祭られ、本家、分家、および本家に仕える使用人すべてが同一の間へと集められる。
襖を取り外し和室をひとつに繋げた大広間だ。当主、奥様、そしてお父様の遺影を持つお母様は、少し離れたところから、あたし達ふたりを見守っている。
この日のためにあつらえた、五条の家紋入りの着物を着て、ふたり揃って、先にご先祖様に手を合わせ、婚約の報告をする。
その後は決められた式次に従って進行がなされ、最後は集められた人達の方へと体を向け、悟くんが挨拶をした。
「五条悟と尊夕凪は、遺言書に則り、本日、ここに婚約する事を誓う」
悟くんの声が消え入ったと同時に、割れんばかりの拍手が大広間全体に鳴り響いた。無事この日を迎えられた事に、皆、安堵して、喜んでくださってるようだ。
あたしが失踪して、とんでもない事態を起こしてしまったから、なおさら。
宣言が終わり、拍手が落ち着くと、悟くんと向かい合わせになった。いつものように、悟くんは緊張なんかしてない。あたしはガチガチ。
そんな中、ふわりと左手を取られ、薬指をほんの少し持ち上げられる。彼の人差し指と親指でつままれているのは、エンゲージリング。
それは指先からゆっくり滑らされ、節を通って指の奥にはめられた。ハリーウィンストンのダイヤモンドが、まるで自ら輝きを放つようにキラキラと薬指の上で光っている。瞬きするのももったいないくらい美しい。