第14章 過去
「あたしが、今、こうやって婚約者として、ご挨拶出来るのは、悟さんのおかげです」
悟くんには何度か言葉に出したんだけど、当主や奥様にも胸の内を伝えたくて、あらためて、この場で、感謝の思いを口にした。
「遊び相手にあたしの事を選んでくれたから、こんな幸せを手にすることが出来ました」
当主と奥様に軽く頭を下げて、視線を左端の悟くんへと移す。あたしと目が合うと、ほんの少しだけ間を置いて、彼は柔らかな笑みを浮かべた。
「夕凪さ、気付いてる?」
「なに?」
「僕に感謝してくれんのは、すごく嬉しいけど、夕凪が本来、思いを寄せるべき人は他にいるってこと」
――思いを寄せる。意味深な言い方だけど誰だろ?
「僕もその人には敬意を払ってる」
曽祖父様や本家の方々、お母様かと思い、答えを返してみるけど、大切な人がまだいるだろって言う。悟くんが敬意を払う人物なんて、よっぽどだ。ピタッとくる人が浮かばなくて考え込む。
一点に集中させてた焦点を悟くんに再び戻すと、サングラスの隙間から青い瞳が見えてあたしの視線とぶつかった。
「わかんねー? 僕に夕凪を会わせてくれた人。僕と同じくらい、や、それ以上に夕凪を愛してた人だよ」
トクンっと一拍、脈が静かに音を立てた。靄の中から姿を現すように、ひとりの人物がうっすらと浮かび上がる。
悟くんと同じような引き締まった大きな体。片腕であたしを抱っこしてる。目隠ししてるけど、幼いあたしに微笑みを向けてる。
記憶の中にその姿は存在していない。でもあたしの事を心から愛してくれていたのは知ってる。写真を見ればわかる。あたしはその人に守られてとっても安心した顔してる。
「……お父様」
「そう、残念ながら命と引き換えになってしまったけど、それで僕は夕凪と出会って、遊び相手に選んで、後に遺言の婚約者って事になったんだよね」
「ずっと心の中でもやもやしていたの。あたしの幸せの原点に大切な何かがあるような気がして。それは……お父様だったんだ」