第14章 過去
お母様に手伝ってもらいながら、初めて自分で着物の着付けをした。悟くんが誕生日にプレゼントしてくれた振袖だ。黒地にあしらわれた四季折々の花々と金駒刺繍が美しい。
もう一度、襟元の緩みがないか確認し、振袖の袂を整えて、松の間へと入る。当主と奥様と悟くんが揃い、あたしは事前に聞いていたとおりの挨拶を行う。
「尊夕凪でございます。この度は、遺言書にて五条家、次期当主、悟さんとのご縁談を賜り、恐悦至極に存じます。婚約者として、悟さんのお側で仕える所存でございます。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
しんとした空気が流れる。5才の時の挨拶よりはちゃんと出来たかな。噛んでなかったよね? そのまま座礼の姿勢を保っていると当主からお声がかかる。
「ここに来た時の夕凪の挨拶を思い出すな。あの日から2人は喧嘩ばかりしてたから、どうなることかと思ったが、それが愛に変わって心から嬉しく思うよ」
顔を上げると、穏やかな顔をされた当主がいて、すぐ隣に座る奥様からは、美しい笑みがこぼれてる。
「私と妻は、遺言を知っていたから、夕凪の事は悟の婚約者として迎え入れたのだけど、いつからだろうな……もし五条と縁がなくても幸せになってほしい、そんな気持ちでお前を見ていた」
当主の温かな眼差しに胸が熱くなる。お二方が実の娘のように見てくださってたのは時々感じていた。特に奥様は。
奥様もまた五条の遺言書による婚約者のはずだから、きっと何かしらで子供の時に当主と出会われているに違いない。小さなあたしに、ご自身のそれを重ねていたのかもしれない。
けど、それだけが理由ではなかった事を、この後知ることになる。